135. 死ぬ直前に思い出して「やべぇ」と思ったのが俺の未練です

 人間しかいない国では、純血種犬人ライカンのコレットさんは非常に目立つ。

 町に入る前に、コレットさんには顔や尻尾が隠れるフード付きローブを着てもらった。フードを目深まぶかに被れば、背の低いコレットさんの顔は見えにくくはなる。

 関所ではイヌの振りをしてもらったけど、町中はそこまで厳しくない(はず)ということで、事前に用意しておいた変装グッズだ。


 実際、特に怪しまれるようなことは無かった。

 あからさまに怪しいと思うんだけど、他人に無関心な土地柄なのかな?


〈この国は顔を隠した人が多いですから〉


 二本松さんの言葉に周囲を見回してみれば、確かにそんな気もする。

 頭巾を巻いた忍者風の人、面頬を付けた甲冑姿の人、裹頭かとうに覆面の僧兵っぽい人に、編み籠を被った虚無僧っぽい人や、狐面を付けた山伏っぽい人、壺装束のお武家さんっぽい人とか……意外と顔を隠してる人が多いなぁ。言われるまで気付かなかった。


〈俺の言うことでもないですが、君は他人の格好に無関心が過ぎませんか〉


 ええ? いや僕だって、全身真っ赤な服を着てるとか、畳くらい大きな斧を持ってるとか、下半身が無限軌道になってるとか、そういう目立つ特徴があれば反応しますよ?

 ただ今回は、僕の地元の民族衣装がこんな感じだったので、自然に受け入れてしまったと言いますか。


〈はあ。別に何でも良いですが〉


 なら良かったです。


「お兄さん、そういえばこの国には何をしに来ましたですワン?」


 コレットさんが今更な質問を投げ掛けて来た。

 道中で簡単には説明をしたけど、簡単にしかしてないからなぁ。


「前の時と同じで、亡霊の人の未練をなくして、悔いなく昇天してもらうためだよ。

 二本松さんのご家族が捕まってるから、それを助けに来た感じ」

〈厳密には、家族ではなく一族丸ごとですが〉

「家族ではなく一族丸ごとだって」

「なるほどですワン。家族は大事だって、よく言いますですワン」


 ふんふんと頷き、納得してくれたようだ。

 でも具体的な話は僕もちゃんと聞いてないんだよね。


「危ないことをしてる間は、またコレットさんは留守番してもらおうと思うけど、大丈夫?」

「わふ……あまり大丈夫ではないですワン。でも大丈夫ですワン」


 大丈夫じゃないよなぁ。

 かと言って、信用できない人に預ける訳にもいかないし。


 あ、二本松さんの実家ってこの国にあるんです?


〈俺の出身はテール将国この国の隣国、イチボ国です。今通ってきた国ですね〉


 そうなんですか。じゃあ、言ってくれたら立ち寄ったのに。

 二本松さんは今日で死後、えぇと……17日目なので、大体あと7日~9日くらいは余裕ありましたよ。

 大体その辺からゴースト化が始まりますけど。


〈いえ、実家の建物なんかはもう燃えたんです。

 一族は全員テール将国こっちに連れて来られたので、イチボ国あっちには特に用事はないですね〉


 何だか酷い話になって来たので、一度宿を取ってから、改めて詳細を聞くことにした。




 宿に着いたらコレットさんはすぐにローブを脱ぎ捨てて、大の字に寝転がってしまう。

 体力は僕よりあるはずだけど、気疲れかな。寝床の準備をして労いの声を掛け、そのまま休んでもらった。

 この辺りは割と緑豊かな土地なのでマナが多く、食事はそれほど必要ない。夕食は食べずに寝ても問題ないと思う。


 僕は二本松さんと2人、現状や今後について相談を始める。



 汽車で読む参考資料ひまつぶしに買った教養本によれば、テール将国は国のトップに「将軍」という役職を据えた、武家の支配する国だと言う。


 武家は「貴族か平民か」、つまり「家系的にスキルを持って生まれる一族か否か」で言えば平民に当たるんだけど、世襲なのでいわゆる共和制ではない。貴族もいるけど実権はなく、国外の人から見るとよくわからない政治体制になっているらしい。

 貴族のような生来のスキルや高ステータスはないけど、それに頼らない武術を極めた者達―――侍/力士/忍者/芸者などがいるそうだ。

 でも積極的に貴族の血を取り込もうとしてる一族や流派もあるので、結局何なんだよ、何がしたいんだよ、という筆者の困惑で教養本は纏められていた。なるほどなぁ。


 ツッコミどころは幾つかあったけど、この世界の国は大体どこもツッコミどころに事欠かないので、僕は丸っと飲み込んだ。


 それを踏まえて二本松さんの話を聞くと。


 まず、テール将国は現在……というか、数百年前から鎖国をしており、他国からの人の流入はない。

 自然発生ポップする人族も人間(それも東方人間種)しかいないので、世界的にも珍しい、ほぼ単一種族の国になっている。

 だけど、その将国に蝙翼人が秘密裏に運び込まれているらしい。


 蝙翼人は二本松さんと同じ種族で、人間の背中に蝙蝠の翼が生えた翼人の一種だ。

 翼人種は前述の通り、「人間に翼が生えた種族」なんだけど、(血が濃ければ大体)普通に空を飛ぶ。魔法的な何かで。

 二本松さんが言うには圧力魔法で揚力を誤魔化して飛んでいるらしく、ちょっと教えてもらったけど翼が無い僕は飛べなかった。教えて貰った後に「そういえば翼人種の秘伝だったので、バレると殺されます」とか言われたんだけど、そのパターンは前にもあったので今更だね。


 何の話をしているのかと言うと、魔法で空を飛ぶ翼人種は、種族的に魔法力が高いということ。


 つまり、魔法力が高いから捕まったんです?


〈魔法力と、知識もでしょう。

 二本松家は代々知識神を信奉する家なので、雑多な知識も集めていたんです〉


 知識神?

 というと、女神とは別物でしょうか。


〈知識神ラムダ様です。女神教会の女神オメガ様と同格の、24大神の1柱ですね〉


 へええ。

 女神には会ったことありますけど、神様って沢山いるんですねぇ。

 あ、あのガチャの糞確率を設定したのって何の神ですか?

 その知識神は大丈夫なかたなんです?


〈さあ? あまり興味がなかったので、詳しくは知りませんが。

 ああそうだ、あの魔王がどうとかいうお告げを下したのは、知識神ラムダ様だそうですよ〉


 ……ということは、知識神様は魔王についての情報を持ってるってことですか。

 魔王の目的。本当に戦うべきならその弱点。それに、魔王が今になって復活した理由。


 もっと知識神様の情報とか、お告げを聞く方法とか知りませんか。


〈さっきも言ったように、俺は興味なかったので知りません。

 一族の誰かなら知ってるでしょうね〉


 あ……そうでした、すみません。

 その一族の人を助けに来たんでした。


〈良いですよ。俺も最近まで忘れてたので〉


 んんん。どういうことです。


〈いや、元は一族を助けるためにソトモモ共和国で知識と技術を身につけようと思ったんですが、研究に夢中になって、完全に目的を見失ってました。

 死ぬ直前に思い出して「やべぇ」と思ったのが俺の未練です〉


 それはまあ、やばいですね。


〈攫われたのも1年近く前ですからね。まだ生きてる奴がいるかどうか〉


 それは本当にやばいですね。


〈軽く犯人の情報を調べて、その後の状況が判れば、未練もなくなると思います〉


 と、二本松さんは軽い感じで言うけれど。

 興味のないことには本当に適当な二本松さんが、わざわざ他国まで解決方法を探しに行き、死ぬ直前にちゃんと思い出すような話だ。

 本人の口調ほどには軽い話ではないと思う。

 なので僕は、可能な限り深くまで調査をしてみよう、と決めた。


 その犯人って言うのは誰なんです。


武士山直徂ぶしやま すぐしぬ。この街を治める大名です〉


 二本松さんは軽い調子で、何だか割りと厄介そうな答えをくれた。

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