Chapter008:シュガーフィールドの町

134. すごい長い壁ですワン……!

 フォグドファクトリーの街から夜行列車で7日、そこから徒歩で2日。

 テール将国は現在鎖国をしているとか何とかで、他国からの交通手段が一切ない。

 義手を買って残金はほぼゼロ。ここまでの旅費は、現在亡霊として僕に憑いている、蝙翼人の二本松さんの遺産から捻出した。

 というのも、ここに来たのが二本松さんの希望だったので。


「すごい長い壁ですワン……!」


 左右を見渡す限り伸びる石積みの長城は、海岸線まで続いているらしい。

 コレットさんは、初めて見る規模の人工物に尻尾を振りつつ感嘆していた。


〈翼人種なら空から簡単に越えられるんですが。俺も入ったことはありますし〉 


 二本松さんが身も蓋もないことを言うけれど、亡霊の言葉はコレットさんには聞こえないので、長城へのリスペクトが翳ることもないだろう。


〈では、予定通り犬人ライカンの子には、ここから言葉を喋らないように伝えてください〉

「コレットさん、ここから喋ったら駄目だって。あと靴だけ脱いでね」

「ワン!」


 元気の良い返事があったので、僕はコレットさんを正面から抱きかかえて、長城の壁にある関所の扉に向かった。


 二本松さんのアドバイスにより、ここからコレットさんにはイヌの振りをしてもらう。とはいえ、手をついた4足で地面を歩かせるのも申し訳ないので、僕が抱えることにした。扉の外には人はいないけど、急に人が出てきたら困るので、少し離れた場所からだ。

 人1人を抱えて歩くのは相応につらいけど……左腕1本じゃなくて良かったなぁ。


「わふ?」


 こちらを向いて首を傾げるコレットさん。

 何かを訊かれたようだけど、よく判らないので適当に頷いてそのまま進む。


 ……でもこの作戦、本当に大丈夫なのかな。


〈君なら問題ないでしょう〉


 二本松さんは自信ありげに、というか当然のように言うけれど、どうも不安だ。仮にも鎖国している国に、そんなにあっさり他所の人が入れるものかなぁ?



 小さな鐘に紐の繋がった呼び鈴を鳴らすと、扉についた小窓が開き、係員の人が顔を出した。

 僕の姿をじろじろ眺めてから、


「帰国手続きでござるか?」


 と尋ねる。


「左様でござる。

 出国許可証は道中で紛失してしまったゆえ、身分証はこちらにて」


 一応僕も似非方言で答え、相手から見える位置にギルドメニューを開く。


「ん、問題ないでござるな」


 えええ。問題ないんだ。

 「ギルドメニューが開けるイコール冒険者ギルドに登録している」ということではあるんだけど、身分証として使った機会はほとんど無いんだよね。

 冒険者ギルド登録って確か、ステータスメニューを変な紙で写し取るだけで終わった気がするんだけど……。


〈登録したのはカタロース王国の田舎町でしたか? 流石に杜撰ずさんすぎでは?〉


 へー。地域によって違うんですね?


〈この辺りだと戸籍や犯罪歴の確認に、筆記と実技の試験もありますよ〉


 なるほど。それを聞くと、流石に杜撰すぎますね。


 僕が心の中でそんな会話をしている間に、係員の人は改めて僕の全身と、抱えているコレットさんを値踏みするように見回している。

 質問をされそうな気配を察し、コレットさんの両脇に手を入れて、くるりと前向きに持ち替えた。


「そのイヌは?」

「お土産でござる。コレット、挨拶」

「ワン!」


 重いのですぐまた正面から抱え直す。


「まあしつけはされているようでござるな。

 しかしイヌに服を着せるのは魔物虐待ではござらんか?」

「寒いのが苦手な子なのでござる」

「左様でござるか。ならば致し方ないでござるな」


 係員の人は一度小窓を閉じると、扉を開けて僕を招いてくれた。


〈東方人間種の入国には審査が雑なんです。出国はまた別ですが〉


 東方人間種、というのは黒髪黒瞳の黄色人種、いわゆるモンゴロイド系の人間で、大陸東側にルーツを持つ人間のことらしい。

 この関所の向こう側になるテール将国という国は、ほとんど全ての住民が東方人間種で、他種族どころか別地域の人間すらいないんだそうだ。


 隣国のイチボ国辺りからこのテール将国までの地域は、そもそも獣人種自体が滅多にいない。自然発生ポップもしないし、引っ越してくることもないそうだ。

 実際にイチボ国内の駅の近くで見た感じでも、亜人では翼人種と、人間に外見が近いタイプの魔人種が少しいたくらい。

 テール将国の一般市民は、純血種の犬人ライカン魔物でかいイヌの区別もつかないという。ファンタジー世界にもそんな国があるんだね。



 と、扉の中に入った所で、先程の係員の人がこちらに近付いてきた。


 んん。中におびき寄せてから捕まえるパターンかな。関所に詰めているのは、両側の扉で各1人、合わせてたった2人。

 僕はコレットさんの両足だけをそっと地面に付くように下ろした。


 顔に出さないように警戒する僕に対し、係員の人は少し逡巡するようにしてから―――こう言った。


「そのイヌ、撫でても良いでござるか?」

「ウゥゥゥゥ~……!」

「駄目みたいです」


 眉間に皺を寄せて唸って見せるコレットさんを見て、係員の人は素直に職務に戻った。





〈ほら、全く問題なかったでしょう〉


 なかったですね。

 でも、こんなに簡単に入れるなら、イチボ国からの密入国は横行するんじゃないです?


〈最悪、無断出国さえなければ良いんでしょう。

 出国時の審査は厳しくて、確か、何かあれば打首獄門だとか〉


 えええ……それ僕、帰る時どうするんですかね……。


〈関所に遠い所から壁越えしたらいいでしょう。処刑場のフェンスを飛び越えたのと大差ないです〉


 そう言われると、そんな気もして来たな。

 コレットさんは上からロープでも垂らせば上がって来れるだろう。


 関所を出て少し歩いた所で、コレットさんに靴を返して、自分で歩いてもらう。


「ワンワン!」

「お疲れ様、もう喋っていいよ」

「はいですワン!」


 そうして進行方向に視線を戻せば、200メートル程先には、堀と塀に囲まれた町と、丈の高い植物が茂った畑が見えた。


 テール将国、シュガーフィールドの町。

 二本松さん曰く、お砂糖が名産で、悪徳大名が支配する町なんだって。

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