131. 僕は床拭きに集中することにした

 センジュさんの案内で高そうな宿の高そうな部屋に入る。

 先程までコンサートをしていたレインさんが、部屋の中央に据えたバスタブの中でくつろいでいた。

 バスタブ脇のサイドテーブルには、僕達の差し入れたお酒の瓶とグラスが乗っている。あれに付けていたメッセージカードで、コレットさんが来ていたことを知ったんだろう。


「コレット! やっぱり!」


 ばさりと翼を広げると水が飛び散る。

 「あーあ」とセンジュさんは額を抑え溜息を吐いていた。


「レインさんですワン!」


 この部屋にレインさんがいることは道中でセンジュさんに聞いていたし、さっきまでコンサートで元気な姿は見ていたのだけれど、久々に近くで会えたからだろう。コレットさんは尻尾を振りながら飛びついた。その勢いでバスタブが揺れ、また水が零れる。掃除は僕も手伝うことにした。


「良かった、生きてたんだね。本当に良かった」

「あの時、私達は南の方からカタバラ商国を出て、マエスネの辺りにいましたですワン」

「そう。私達は帝国ナカバラの西側にいたんだ。私は部屋から出られなかったけど、赤い壁はセンジュさんが見てたって」


 コレットさんはもしかしたら、商国の滅亡を知らないかも知れないと思ってたけれど、やっぱり会話を聞く限り普通に知っていたらしい。


〈言った通りでしょう。あの子はそんなに知能が低くはない〉


 でしたね。コンサートの貼り紙を見つけた時から、そんな感じはしてましたけど。


 コレットさんとレインさんが話し込んでいるので、僕はセンジュさんと一緒に宿の受付へ行くことにした。掃除道具を借りに行かなきゃらならない。


「そういえば、センジュさんはどうしてレインさんといるんです。舞台には出てませんでしたけど」


 センジュさんは6本の腕を駆使した演舞やジャグリングが持ち技の大道芸人だったけど、今日のレインさんのコンサートには出てなかった。


「そりゃそうだろ。俺は護衛だよ、護衛」

「護衛の仕事はやめたって言いませんでしたっけ」

「言ってねぇよ。やめたのは、もっと糞みたいな仕事だ」


 聞けば、センジュさんは年間のほとんどをレインさんの護衛として同行し、年末の1ヶ月だけ舞台に立っているらしい。

 なら本職は護衛じゃないかと言うと、本人としては大道芸人が本職だと言う。


 そうこう話す間についた受付で宿の人に事情を話し、2人で3本のモップを借りて部屋に折り返し。


「でも、お2人が無事で良かったです。商国の人は皆死んじゃったと思ってました」

「あれが起きたのは、俺らがフラワーヒルの町を出て1週間後だからな」


 言われてみれば、《雪椿の会》は1年最後の月、「吹雪の月」の月末まで開かれ、魔王の復活は年が明けた「洞窟の月」の、確か8日頃。フラワーヒルの町はどちらかと言えば国の南西側にあったから、西側の帝国方面へ馬車で進めば、十分に国外脱出はできたんだろう。


「まあ……商国を拠点にしてた連中は、巻き込まれちまっただろうがよ」


 そこでちょうど部屋に着いた。

 ドアを開けると、泣いているコレットさんをレインさんが慰めている所だった。


 僕とセンジュさんは無言で床に零れた水を拭いて行く。

 《雪椿の会》の演者だったお笑い芸人のショーコさん、講談師のギョルイさんは、商国内で活動していた人達だ。商国が丸ごと灰になったあの日、一緒に亡くなったんだろう。

 コレットさんも、レインさんからその話を聞いたんだと思う。


 しばらく黙っていた二本松さんが不思議そうに言う。


〈あの犬人ライカンの子、泣くんですね〉


 生まれた年からの付き合いの人達ですからね。


〈あ、失礼。あまりそういうの、気にしない子だと思っていたので〉


 僕もそうですけど、人が死ぬのは慣れてても、気にしない訳ではないですよ?


〈そういうものですか……いや、そういうものでしたね。ああ、確かに〉


 二本松さんは何かしら納得したようだったので、僕は床拭きに集中することにした。




 その日から5日経って、僕の義手が完成した。

 試し撃ちをしないかと、二本松さんが嬉しそうに提案する。

 僕は3代目に許可を取った上で、コレットさんをラボに預け、その日執行されるという所長の処刑の場に赴いた。

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