129. 魔王の仕業

 冒険者ギルドの口座サービスは大きな商会や工房とも提携していて、加盟店への支払いは振込で対応してくれる。フォグドファクトリーの街の大通りにあるお店なら、大体は帳場に「ギルド口座振込払い可」のシールが貼ってあった。「所持アイテム一覧」タブの所持金額で残金確認、冒険者ギルドで貰ったギルド証で所属を証明したら、用紙に金額を書くことで振込対応ができる。


 ただ、これは神様の作ったメニューシステム、ギルドシステム等とは関係ない、人族の作った仕組みだ。「所持アイテム一覧」に表示される所持金額は、現金で持ち歩いていても、ギルド口座に入金していても合算して表示されるから、口座のお金を全部下ろしてから振込で商品を購入したり、同時に複数のお店で残金ギリギリの振込払いをしたりして、そのまま高飛びすることも可能ではある。

 捕まったら全額返済するまで一族郎党奴隷労働らしいけど。


 きちんとお金を払うつもりがある僕にも便利な仕組みなのだけど、当然ながら、学会を追放された科学者の巣窟たる闇研究所がそんなサービスの加盟店であるはずもない。

 なので、ギルドさつという兌換紙幣(これも人族が勝手に作ったやつ)を発行してもらうべく、僕とコレットさんは冒険者ギルドにやってきた。

 手早く用事を済ませて、ついでに情報収集もしておくことにしよう。


「ちょっとギルドの人に色々聞いておくから、コレットさんは喫茶で休憩するか、暇だったらギルドの中くらいは散歩してても良いよ」

「わかりましたですワン」


 ということで、1人になってから受付の人や、暇そうな冒険者の人に話を聞いて回る。

 聞きたい話は主に魔王関連の情報だ。山の上から商国が炎上したのを見た日から、もう40日以上になる。その間に各国の女神教会や、それ以外の宗教の人が受けたお告げで、あれが魔王の仕業だということは確定したそうだ。

 今まで何百年も、どの宗教も神のお告げなんて受けたこともないのに、ほとんど同時に似たような話をし始めた。だから、これは信憑性が高いと言われている。いくつかの怪しい宗教団体は後追いで乗っかっただけだという説もあるけど、それは僕が気にする所ではない。

 そこまでは既知の情報だった。


 今日聞いた話だと、今の所、魔王に襲われたのはカタバラ商国だけで、他の国や地域には何の異変も起きてないそうだ。

 そのカタバラ商国で起きたのは、。山の上から見ていた時、大体国土一帯が炎上したかな程度に予想していたけれど、ぴったり国境線までが灰になっていたらしい。

 商国にはスキル持ちの人材もそれなりにいた。中には偶然【炎熱耐性:超級】、つまり炎熱属性のダメージを完全にカットするスキルの持ち主もいたそうだけど、その人もあの日以来連絡が取れていない。ただの炎ならどれだけ威力があったも耐えられたはずだから、恐らく、耐性貫通スキルがあったか、炎熱以外の属性も付与されていたのではないかと考えられている。

 焼け跡からは植物や魔物、人族が急ピッチで自然発生ポップしてるけど、建物とかは灰になったから、都市の跡は完全な更地になっている。現在は近隣諸国から人手を出して、自然発生ポップした人族の保護が行われている、とか何とか。


 要するに、魔王に関する続報はないのかなぁ。

 現地の人が全滅してるのが痛い。魔王の姿を見た人や、魔王が商国を狙った原因を推測できる人が、誰も残っていない。

 原因については、以前僕に憑いていた歴史おたくの亡霊の人なら、何か知っていたかも知れないけれど。予言の成就に満足して、すぐ昇天しちゃったもんなぁ……。


 この国には魔王の伝承とか残ってないんだろうか。


〈魔王ですか。俺は特に興味ないですね〉


 亡霊の二本松さんが本当に興味なさげに呟いた。

 実際、他の人もそれほど興味ないみたいですね。帝国を挟んで大陸の反対側の話ですし、直接見ないと現実感もないとは思います。


犬人ライカンの子は商国の出身でしたか?〉


 ですね。その時の光景は見てないし、それ関連の話を聞く時は離れて貰ってるので、商国が滅んだこと自体知らないかも知れませんけど。


〈? 俺は昨日会ったばかりですが、そこまで知能が低い子には見えませんよ〉


 そうですか。そうですよね。

 あれから特に変わった様子もなかったので、知らないでいてくれたら良いなとは思ってましたけど。

 一度ちゃんと話した方がいいかも知れないな。


〈そうですか。頑張ってください。

 そんなことよりも、ガチャアイテムの話を……そう!! ガチャアイテムのーっ! 話をーっ! いやーっすごかったなーっ、本当に毎日無料でガチャが回せるとかーっ!? それもノーマルしか出ないってーっ、スキル自体は専門じゃないけど安定してガチャアイテムが入手できるとか神スキルだよーっ!! 何より、今日の引き! 【弓:竹の弓】だよ、竹の弓ーっ!! ドロップアイテムの弓もだけど、矢が無限に供給されるのがいいよねーっ! 出来ればあと2つくらい出してくれない? 何処までパーツを削っても矢が出るのか試したいんだよねーっ! あ、あとうちの開発室に言って俺の話通訳してよーっ!! 俺も義手のギミック造りに参加したいよーっ!!〉


 幾つか言いたいことはありますが、とりあえず、ガチャなんだから狙っても出ませんよ。



 そんなことを心の中で話しながらギルド内の喫茶に向かうと、コレットさんは2人掛けのテーブル席に座り、お小遣いでジュースを買って飲んでいた。


「あ、お兄さん、お帰りなさいですワン」

「ただいま。何か面白いものあった?」

「そうですワン! あれ見てくださいですワン!」


 コレットさんは喫茶スペースの壁に貼られた紙のような物を指差して言う。

 尻尾がブンブン振られてるから、何か良いことが書いてあったんだろう。

 ちょっと遠くて全然読めないけど。


「ごめん、遠くて読めない。何て書いてるの」

「コンサートのお知らせですワン!」


 コレットさんは舞台や演奏が好きなので、見に行きたくなったんだろう。

 貼り紙の文字は読めないけど、挿絵はなんとなく見える。「Y」の字みたいなロゴマークだ。たぶん。


「へー。義手の完成までちょっとかかりそうだし、行ってみてもいいね。

 お金かかるなら、ちょっと仕事もしなきゃだけど。どんなコンサート?」


 僕が尋ねると、コレットさんは椅子から立ち上がり、両手を大きく広げて答えた。


「レインさんのコンサートですワン!!」


 レインさん。

 それを聞いて、僕は驚いて、ちょっと答えに詰まってしまった。


〈お知り合いですか?〉


 二本松さんがそれほど興味なさげに尋ねる。

 コレットさんが働いていた会の舞台で演者をされていた、空飛ぶマーメイドの歌手の人です。


 生きてたんだ。良かった。

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