125. 学会を追放された科学者

 ウサミミおじさんは兎人バニーフォークという種族、要はウサギっぽい獣人の人だった。

 以前にも見たことがあるから獣人なのだと判ったけど、この人が初見の兎人バニーフォークなら、怪しい付け耳おじさんかと思うくらいには似合ってない。ヒト耳の辺りはボサボサの白髪で覆われてるし。

 怪しいパーツが1つ解消されたけど、ぐるぐる眼鏡とよれよれ白衣だけでお釣りが来るほど怪しかった。


「どうしたね? 義腕を探しているのだろォ? ウッサッサ……ならばうちに来たまえよ」


 そう言われてもなぁ。


「怪しい人ですワン」

「怪しい人だねぇ」


 たぶん、普通に喧嘩したら勝てるとは思うけど。念動力で足を引っかけて、後は手加減なしに1発当てれば終わりだ。というか、相手に戦意のようなものは見られない。


「おやおやァ? 君達、ひょっとしてこの私を怪しんでいるのかなァ?」

「はい、申し訳ないのですがその通りで……」


 一応僕も周囲は警戒はしてるし、コレットさんは耳も良い。伏兵がいたら教えてくれるように、ここまでの旅で合図は決めてある。

 ただ、やっぱりそういうのは必要なさそうだなぁ。


「ウサッハハハ、いやァ、それも仕方があるまいね!

 こんな場所で突然声を掛けられれば、誰だってそんな反応にもなる」


 明るい場所で声を掛けられても似たような反応だったかも知れないけど、心の広い人ではあるようだ。少なくとも、怒って爆死させガチャを回させようとしたり、出会い頭にナイフを投げ付けたりするタイプではない。

 話くらいは聞いてみよう。



 ということで、一緒に営業の人のお店に行くことにした。

 営業の人の割には眼鏡と白衣という技術者みたいな格好だけど、いわゆる技術営業というやつかな。技術的なことにも詳しいなら、細かい話聞けるかも。

 道々で予算を聞かれたので口頭で金額を教えると、


「個人にしてはまあまあだが、オーダーメイドの最高級品にはちょっと足りないねェ」


 とのこと。


「え、オーダーメイドできるんですか?」

「むしろオーダーメイドしかできないよ? うちは製造所メーカーじゃなく研究所ラボだからね!」

「ラボって何するとこですワン?」

「ウササッヒヒ、良い質問だ少女よ! 簡単に言えば、新技術を研究開発している所だね!」


 最初は警戒していたコレットさんも、危険な人ではないとわかると、好奇心の方が勝ったらしい。


「なるほどですワン。でもお高いんですワン?」

「それはまあ、うちの技術はソトモモ共和国一、つまりは世界一だからねェ!」


 世界一の最新技術が詰まった義腕。何かすごそう。


「でも、お金が足りないなら仕方ないですね。申し訳ないんですが、やっぱり行くのやめます」

「ですワン。表通りで宿を探しますですワン」


 僕とコレットさんは、営業の人と別れて元の道に戻ろうと歩き出した。


「あ! ああっ!! 待ちたまえよ、大丈夫、大丈夫!」


 すると、後ろから営業の人が慌てて駆け寄って来る。


「何でしょう?」

「足りないと言っても……そう!

 今なら宣伝用にロゴを入れてくれれば、予算内に収まるように割引しようじゃないかァ!!」


 そんな提案をされた。


「割引ですワン? お得ですワン」

「ロゴってどんなのです? 格好悪いロゴが自分の腕に入ってるのは流石に……」

「ウッサッサ! 安心したまえ少年、これが我がラボのロゴだァ!」


 営業の人が着ていた白衣をピンと伸ばすと、皺になって隠れていた旨の部分に、ウサギと歯車を図案化したようなロゴが描かれていた。これなら、腕に描かれていても悪目立ちはしないと思う。


「オシャレですワン」


 コレットさんも気に入ったようだし、その割引の方向でお願いすることになった。




 ラボはこの街によくある豆腐みたいなコンクリートの直方体をそのまま工場サイズに巨大化させ、上部にウサミミのような突起を生やした、悪目立ちするデザインの建物だった。

 んんん。デザインセンスに若干の不安が出て来たぞ。


「お帰りなさい、3代目」

「お、3代目お帰りー」

「ウッサササ! ただいま諸君!」


 営業の人は3代目と呼ばれているようで、所員の人達に挨拶しながら、どんどん奥に進んでいく。


「ここは祖父の作った施設でね。

 優秀だったにも関わらず学会を追放された科学者達を集め、それぞれが自身の真に求める研究に打ち込める環境を作っているのだよ」

「ああ。トップがお祖父さんだから3代目なんですね」

「その通り! 2代目は実験中に死んだがねェ、ウサヒッヒヒヒィ!」


 笑い事ではなさそうな気もするけど、本人が笑ってるのだから何とも言いにくい。


 それにしても、学会を追放された科学者の集まりかぁ。

 学会追放というのは会費未納による除籍処分のことだ、みたいな噂を聞いたことがあるけど、実際どうなのかな?

 もし会費未納じゃなかった場合は、倫理的とか法的にやばい研究をしてた人の集まりだということになってしまうし、会費未納だった場合もそれはそれでどうかと思う。

 すれ違う科学者の人達の様子を見ると、そんな些細な疑問の答えを確認できないくらいには、全員目付きがやばかった。

 3代目はガラスの透けないぐるぐる眼鏡だから判らないけど、もしかしたらこの人も目付きはやばいのかも知れない。


 とにかく入り口から真っ直ぐ、しばらく進んだ突き当りの部屋の前で3代目の人は足を止め、僕達もそれに倣った。

 義体開発の部門とかかな。と思ったけど、何かドアの上のプレートに「所長室」って書いてあるね。


「さあ、まずはうちの所長を紹介しようじゃないか!」


 そんなことを言う。


「え、何でです」

「腕ができるまで君達にはここの仮眠室に泊まって貰うからね! 顔は見せておいた方がいいだろう!」

「お兄さん、いつの間にそんな話してましたですワン?」

「知らない。僕はしてないと思う」

「なァに、遠慮はいらないさ、ウサササ! 所長、お客を連れて来ましたよォ!!」


 僕達の疑問への解決も、部屋の中の人の答えも待たずに開かれたドアの向こうには、大きな机と沢山の本棚が並んだ部屋があり、机の奥には大きなウサギみたいな人が座っていた。


 純血種の兎人バニーフォーク、3代目のお祖父さんだろう。

 よれよれの白衣に赤いネクタイ。真っ白な毛並みに、真っ赤な瞳。 


「お客なんて久しぶりだウサ。ようこそ、歓迎するウサ」


 突然の来客、突然の入室にも関わらず、所長の人は満面の笑みで僕達を歓迎してくれた。


「お、お兄さん……」

「大丈夫、大丈夫」


 コレットさんが僕の後ろに隠れ、服の裾を握り締める。

 気持ちは判らないでもない。


「私が宇佐見研究所所長ォォォウ、宇佐見銀次郎だウサァァ!! ウサッヒヒヒヒヒィ!!」


 たぶん、この人の目が一番やばい。

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