Chapter007:フォグドファクトリーの街
123. ほとんど常に白い霧に包まれた街
カン、カンと、小さな鐘を叩くような音が四方八方から反響する。霧越しに少しくぐもって聞こえる音は、路面汽車が通る時の警告音らしい。
それ以外にも、人の騒めき、蒸気の噴き出す音、鉄製の車輪がレールを擦る音、音と光を出す信号機、小さな爆発音。
ほとんど常に白い霧に包まれた街は音によってその存在を示すし、定期的に送風機が風を起こす時にだけ、その姿を露わにする。
街の中央には送風機のある高台があって、そこから街の端まで緩やかに下るタイル張りの道。
一枚石の――恐らくはコンクリートによる四角いシルエットの建物が、うねるように曲がり三叉にも四叉にも分かれた無秩序な道の両側に立ち並ぶ。1階は店舗や工房、2階より上は居住スペースかな?
ソトモモ共和国の工業都市、フォグドファクトリーの街は、そういう街だった。
「わぅわぅ……やっと海から離れたと思ったら、今度は水と煙の臭いが強すぎますですワン……」
右隣を歩くコレットさんは初めこそ、霧だらけ、2階建て以上の建物だらけ、機械だらけの環境に驚いていたけれど、慣れてくると居住性のまずさが気になるようだ。毛も湿ってるし。
風が吹いて霧が晴れる。霧に含まれるマナが散って、建物に吊るされた何か魔法的な灯りが明滅した。
人工の風は建物の高さまでしか吹かないから、空は見えない。
今は昼間のはずだけど、またしばらく太陽は見られそうにないなぁ。
「逸れると危ないから、手を繋いでおこう」
「はいですワン」
コレットさんは左手側に回り込んで僕の指を掴んだ。
ソトモモ共和国は共和国なので、当然ながら共和制の国だ。
共和制と言うのは、世襲の君主がいない制度とか、そんな感じだったと思う。
カタバラ商国も貴族階級という立場はなかったけど、今の形になる前は君主も貴族もいたそうで、その血筋は国内に残っているし、
共和国では最初から貴族が生まれないのだから、状況がまるで違う。
この国には基本的に貴族階級はいない。
ということはつまり、この世界だと「スキルや高ステータスを生まれ持った血筋がない」という意味でもある。高位貴族の生まれ持った高ランクスキルは、(抵抗系や状態異常耐性等のメタスキルでなければ)大体いつでも強いので、普通に考えると戦力的には大きく他国に劣るはずだ。
その共和国が帝国主義/覇権主義のナカバラ帝国を隣国としながら、現在も余裕で主権を保っているのは、大陸一を誇る技術力と工業力によるものである。
という旨のことが、トモスネ港で貰った観光案内に書いてあった。
それは何となくわかる。帝国がどんなものかは知らないけど、カタロース王国なんかと比べると、明らかに文明レベルが違うんだよなぁ。
義手を買おうって話になってから、マエスネ港からトモスネ港の船旅、そこから馬車と徒歩で国境越えて、この街までちょうど40日かかったかな。
長旅の価値はあった、とまでは、まだ判断できないけど。
「わぅぅ~……」
少なくともコレットさんにとって、観光地的な魅力はあまり無いようだ。
「どうする? 今日はもう泊まる場所探して休もうか。
ちゃんとした義手を作るなら、どうせ数日がかりになるだろうし」
「あ、私はまだまだ元気ですワン! 先に用事を済ませますですワン!」
どう見ても湿気でやる気が萎えてそうだけど、実の所、体力のステータスは僕の倍ほどもあるコレットさんだ。本人が元気だと言うなら、大丈夫かな。
僕達はメインストリートらしき道沿いに、いい感じの工房を探して進んでいった。
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