122. ◆ラヴィズ=イモータル

 カタバラ商国の冒険者達の間では、1つのなぞなぞが流行していた。


 「首が無いのに首って呼ばれるもの、なーんだ?」


 その答えである賞金首、「首無しメイド」ことラヴィズ=イモータルはその日、1つ目の危機を迎えていた。


「ギョッギョッギョ、ついに追い詰めたギョ……!!」

「まずは脚を落とすニャ! それから腕ニャ!」

「杖も忘れず奪うメェ。首から提げた護符がそうだメェ」


 周囲を手練れの冒険者パーティに囲まれ、更に大きな輪で警備員に囲まれたラヴィズ。

 更には魅了付与スキルへの対策として、いずれも異種族かつ恋愛対象が女性でない者を集めている。


 危機感知スキルが発動していればこんな状況にはならなかったが、【危機感知:上級】の成功率は50%で、今一つ精度が低い。以前にも多少の危機はあったが、今回はまさに絶体絶命だった。


 ラヴィズの最大の長所は敏捷性、機動力だ。相手の内で最も素早い者は猫人フェルパー、恐らくはラヴィズ自身と大きな差はない。隙を突けば逃走の目もあるはず。

 相手の呼吸の感覚を計り、吐き切る直前に地を蹴った――その瞬間。ラヴィズの肩に不可視の重圧が圧し掛かり、体勢が崩れた。インテリヒツジの念動力だ。


「今だメェ」

「ギョギョギョ!! 凍り付くギョ!!」


 そこへ魚人サハギンの冒険者の放った冷気魔法が、ラヴィズの膝から下を氷で包み、地面に縫い付ける。


〈くっ……しまった……ッ!〉


 機動力は完全に殺された。


「ニャハハ、不死身ったってこんなモンだニャ!」


 最早、ここから逃げることは不可能。【不死】とは言え傷は負うし、重大な欠損は治らない。捕まってしまえば四肢を捥がれて実験台にでも使われるか、刻まれて海にでも撒かれるのが末路だろう。このままでは主人の仇も打てず、永劫に悔恨を抱き続けることになる。何か、何か手はないものか。


 ラヴィズが必死で頭を回転(慣用句)させていた、その時だ。


『危険! 危険! このまま立っていると10秒後に灰になります!!』


 危機感知スキルに反応。

 ラヴィズは迷わず護符杖を握った。


「ギョギョッ! 動くなギョ、追い氷だギョ!!」


 魚人サハギンはラヴィズの上半身にも冷気魔法をかけ、全身を氷漬けにする。

 しかしラヴィズは抵抗するでもなく、むしろそこへ付け足すように、自分自身に全力で冷気魔法を掛け始めた。

 自身の魔力に異なる魔力が混ざるのを感知した魚人サハギンは、疑念と驚きに瞼のない目を見開く。


「ギョギョギョ!? あいつ自分で自分を凍らせてるギョ!」

「ニャッ!? 何をする気ニャ!! まさか第2形態かニャ!!?」

「とにかくあいつを警戒するメェ。絶対にメェを離すなメェ」


 ラヴィズは【不死】スキルの保有者であり、何があっても死ぬことはない。

 だから、普通の者が死ぬ様な危機でも、危機感知スキルは「胴体が真っ二つになる」「胸に風穴が空く」「挽肉になる」といった具体的な状態を警告する。

 危機感知スキルが「灰になる」と言ったのであれば、訪れる危機は、炎や熱だ。


 視界が赤に染まり、遅れて、ゴウッ、と音がした。


 氷漬けのラヴィズを見ていた冒険者達、その周囲を囲んでいた警備員達は、一瞬だけ黒い影になり、そのまま炎の中に消えてゆく。




 魔王は復活と同時に、その権能を行使した。

 神の内に名を連ねる者の持つ種族特性と言うべき、魔法でもスキルでもない固有の力。

 それを後先考えず、怒りと喜びのままに振るった。


 傍目には、それは余りにも巨大な炎熱魔法のように見えた。

 事実としてそれはカタバラ商国全土を焼き尽くす程の炎でもあった。


 単なる炎であれば、100%以上の炎熱耐性を持った者であれば生き残れただろう。しかし、このには3つの属性が含まれていた。

 炎熱/神聖/邪法、3属性を同時に放つ力だ。


 炎熱属性による効果は「肉体を灰にする」ことを目的とする。

 直撃した者は生物、無生物を問わず灰になる。


 神聖属性による効果は「霊魂を捩じ切る」ことを目的とする。

 直撃した者は肉体と精神の繋がりを断たれる。


 邪法属性による効果は「精神を磨り潰す」ことを目的とする。

 直撃した者は心を失い抜け殻になる。


 どれか1つでも直撃すれば、その種族を問わず、個体の構成要素が破損して死ぬ。

 【不死】スキルを持っていれば死ぬことはないが、それに近い状態にはなる。


 幸運なことに、ラヴィズは【神聖耐性:上級】【邪法耐性:上級】の2スキルを持っており、それらによる即死は間逃れた。

 また、氷の中に包まれることで、全身を半ばまで炭にしつつも、灰になることは避けられた。


 かつて、魔王はその身を封印されるに際し、全てのスキルを強奪された。

 貫通スキルの1つでもあればラヴィズとて一溜りもなかっただろうが、これは彼女にとって幸運だったと言えるだろう。


 繋がって、形さえ残っていれば、身体の何処も死ぬことはない。自然治癒は可能だ。




 ラヴィズがどうにか動けるようになったのは、それから40日程が経った頃だった。

 1日中を夜に閉ざされた「洞窟の月」が終わり、昼と夜のある日々。

 大陸中で雨が降らず、昼にも夜にも月が昇る事がなく、1年で最も星が綺麗に見える「星空の月」。

 今は夜だ。人工の灯りが一切ない夜空は、大陸上で最も澄んでいた。


〈……傷の治りが早い。マナが多いのか?〉


 魔王の破壊の跡には、建物も山も、生物も無生物も死者も残らず、ただその破壊の権能の残滓たるマナだけが残っている。


 自然発生ポップした者はいるにせよ、この国の住民は元は大半が移民だ。

 マナを消費する者が少なければ、大気中のマナは数少ない消費者に集まる。


 ラヴィズは起き上って身体の動きを確認したが、以前と遜色ない状態に戻っていた。


〈いや、違う〉


 身体の状態は元通りだ。しかし、以前より若干、動きが悪くなったように思う。


 敏捷性を上昇させる装備、ミスリルブーツが燃え尽きていたからだ。

 衣服や装備品の類は全て灰になっていた。

 それは当然、首から提げていた主人の形見のドロップアイテムもだ。


〈――――――〉


 ラヴィズの握りしめた拳から血が垂れて、首から流れる血と地面で合流し、蒸発するように消滅した。


〈――――――ろしてやる〉


 まずは何処かでメイド服を調達しなければならないな、とラヴィズは思った。

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