120. 国名は「スネ国」で町の名前は「西都マエスネ」

 魔王復活云々が真実かどうかは別として、商国が焦土になった日の夕方には町に到着した。

 夕方と言っても極夜きょくやだし、暗くて辺りは見えづらい。

 通行人がランプを持つなり、魔法の火を灯すなり、身体が発光するなりしてるから、町の外寄りはずっと明るいけど。

 フェアリーの人って暗闇で光るんだね。便利。


「わふ……ギョルイさんが1ヶ月使った水槽の臭いがしますですワン……」

「潮の匂いというか、磯の臭いかな」


 コレットさんが顔をくしゃりと歪めて唸っている。

 観光地の海というよりは、漁港に近いのかも。


 カタバラ商国南側の隣国、国名は「スネ国」で町の名前は「西都マエスネ」。

 スネ国は大陸の南西端と南東端から、それぞれ南方向に突き出た2つの大きな半島を国土としている。海を挟んで離れた飛び地の、西側全土をマエスネ、東側全土をトモスネという2つの都市に分けているらしい。

 都市にしては国土が広すぎるんだけど、大国の首都と人口数で肩を並べるために、ある時期その広大な範囲の自治体を全て合併し、1つの都市と制定したそうだ。歴史おたくの亡霊の人が言ってた。


 スネ国は妖精国家で、国民の大多数を妖精種の亜人が占めている。エルフやドワーフ、フェアリー、マーメイド、あと何だっけ? 角エルフはこの辺には住んでないけど、角マーメイドはいるんだったかな。

 妖精種以外への差別意識が強めだと言う話で、ああ、本当だ、すごいジロジロ見られるなぁ。

 あ、エルフの人に唾吐かれた。柄が悪い。


「この国は早めに出るけど、折角だから海の幸を食べたいな」

「海辺はご飯が美味しいって聞いてますですワン。というか、ご飯以外に良いとこはないって言ってましたですワン」

「誰に聞いたの?」

「レインさんですワン」


 混血ミックスショウの演者で世界的歌手のレインさん、有翼人との混血でも種族的にはマーメイドだったと思うけど、そういえば地元に良い思い出が無いって言ってたなぁ。

 異世界人人間っぽい人犬人ライカンでも入れるお店を探さないといけないけど、その前にまずは冒険者ギルドだね。




 妖精国家のスネ国では、職員の人も妖精種ばかりだし、冒険者もほとんどが妖精種の人だった。

 とはいえ、ここでは人間や獣人もちらほら見るし、職員の人はあからさまな差別感情も出してこない。

 コレットさんはギルド併設のカフェでジュースでも飲んで待っていてもらい、僕は僕の用事を済ませることにした。


 何はなくとも、まず最初にやらなければならないことがある。


「商国通貨4,436,000zゼニスが共和国通貨443,600Kカーネになりまして、手数料1割と端数を引いて399,200Kの御返しです」

「ありがとうございます。390,000Kは口座に入れといてください」


 そう、現金の両替だ。


「端数以外は全額両替してしまいましたが、本当に良かったのですか? この金額だと手数料も馬鹿にならないですよ。まだキャンセルも受付けますけど」

「大丈夫です、しばらく商国方面に行く予定もないので」


 商国通貨はガチャからも出る神聖(?)な通貨だし、たぶん商国が滅んでも使えるとは思う。

 けど、為替レートは下がるかもしれない、というか、たぶん下がる。

 だって、商国が滅んだからね。たぶんだけど。


 とはいえ、例の火柱で商国が燃え尽きたのはつい1、2時間ほど前だし、ギルドにも詳しい情報は出回っていなかったようだ。僕は平時のレートで商国通貨を手放すことができた。

 スネ国は大陸南側の東西端に分かれているため、大陸南西のカタバラ商国で使える商国通貨と、大陸南東諸国で使える共和国通貨の双方が流通している。この町で買い物するにしても、共和国通貨があれば問題ない。


「そうだ、あなた商国の方から来たんですよね?」


 ギルドの銀行窓口の人がそんなことを訊いてきた。


「はい、そうです」

「少し前、山の向こうに赤い光が見えたんですけど、あれが何かご存知ですか? あの後、商国の方から来る冒険者がまだいなくて、情報が集まってないんです」


 僕も冒険者の端くれだし、冒険者ギルドに情報を提供するのはやぶさかではない。

 普通に答えても良いとは思うんだけど、信じて貰えないよなぁ。


「信じて貰えないと思うんですけど、良いですか?」

「構いませんよ。先程こちらから送った冒険者がサウスゲートの街で確認してますので、正規の報告はすぐに上がってきます。これは世間話みたいな物ですから」

「なら良いんですけど……商国全土を覆うくらいの火柱が上がって、たぶん国単位で燃え尽きたんですよ」

「は?」


 煌々と明るい屋内では、窓口の人が浮かべた「これだから人間は」みたいな表情もはっきりと見えた。


「いえ、良いです良いです。送った冒険者の人の報告を待ってください」


 どこまで確認に行くのか知らないけどね。

 サウスゲートの街も焦土だろうし、こう暗いと遠目じゃ被害範囲も判らないだろうし、隣町くらいまでは歩くんじゃないかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る