117. 予言の地

 カタバラ商国南端、隣国との境界にある山の頂上から北を向けば、国を一望とまでは言えないけれどかなりの範囲が視界に収まる。

 ただ、それは晴れた日の昼間の話で、1日中夜のままの「洞窟の月」では、近くの街の灯がちらちらと見える程度だった。


「あの、少し小高くなってる影はたぶんフラワーヒルじゃないかな。あそこもどちらかと言えば南の方だし」


 指差しながら隣に声を掛けると、コレットさんは真逆の方向を見ていた。


「すごいですワン、地面がゆらゆらキラキラしてますですワン! あれ何ですワン?」


 真逆、というかもう、完全に南の方角を向いてるね。

 僕もそちらを振り向いてみると、遠くに、薄らと星明かりを反射する海面が見えた。


「あれは海だよ。たぶん」

「! あれが海ですワン! 大きな池だって聞いてますですワン!!」


 暗くて見えにくいけど、尻尾に巻かれたレースの尾飾りテイルウォーマーがぶんぶん揺れている。

 可愛いもの好きの猫人フェルパーのお姉さんは、コレットさんに可愛い服を着せたいというのが最後の未練だったそうだ。職場の制服(全身真っ赤の変な服)は返却したし、私服も随分古く小さくなっていたし、服を買うことは賛成だった。全身分の服を選んで貰って、2人からのプレゼントとしてコレットさんに贈り、着てもらうと、幸せそうに昇天していった。


「随分遠くまで来た気がするなぁ」


 山の麓までは、カタバラ商国最速の「カタバラ縦断高速馬車」に乗ってきた。

 これは商国の主要都市を繋ぐ鉄道馬車で、商国の北端ノースゲートの街から首都を通り、南端サウスゲートの街までを4日4晩で駆け抜ける寝台超特急だ。連結された車両が鉄のレールの上を、ヤツアシトッキュウウマとかいうウマの上位種に引かれて走る。

 僕達が乗ったのは途中駅からなので1泊2日だけれど、新幹線程の速さはあった気がする。暗いからよく判らなかったけど。

 これはスピード狂の犬人ライカンのお兄さんの希望で、彼は最高速に達した辺りで昇天してしまった。霊体が解けた光の粒は、窓の外に随分と長い筋を残していた。


 お金は結構かかったけど、ガチャトトで有り金を90倍にした予算があるからね。今の僕の辞書に金銭感覚という文字はない。

 これまであまり使ってこなかったけど、冒険者ギルドには銀行的なサービスもあり、預けておけば別のギルドでも(1日の上限金額までは)引き出せる。この預金額はステータスメニューの「所持アイテム一覧」タブにも手持ちの現金と合算して表示されるので、手持ちがいくらあるのか判らなくなるのが難点と言える。

 そんな話は別にいいんだけど。


 それで、ここには何があるんです?


〈どうだろね。何かあるのかも知れないし、何もないのかも知れない〉


 最後に残ってくれた亡霊、人間のお兄さんはそう答えた。

 ええ……結構登るの大変だったんですけど。


〈いや、ごめんごめん。ここはね、昔から「予言の地」と呼ばれているんだ〉


 予言の地?

 というと、誰かがここで予言をしたとか、ここで何か起こるって予言があったとかです?


〈どちらかと言えば後者に近いけど、ちょっと違うかな。

 「何かが起こる所を、ここから見ることができる」って予言だ〉


 何ですそれ。

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