116. 月明りの下で僕達はソリに乗っていた

 年が明けて、洞窟の月/1日。


 雪は止んだし、空は晴れてるけど、この季節は極夜きょくや―――1日中夜になる。

 元の世界だと北極や南極で起きた現象だったと思うけど、そういえばここ異世界だったね。


 月明りの下で僕達はソリに乗っていた。

 ウマや人が引く移動手段ではなく、雪の残る斜面を重力に引かれて滑走する。


 乗員は異世界人の僕と、抱きかかえた犬人ライカンのコレットさんと、肩や腕に掴まる亡霊が5人。


「わふーん、わふっわふっ! 速いですワン! すごいですワン!!」


 春は道を除く全面が花で覆われるという花畑の丘フラワーヒル、その上を自作のソリで滑り降りてゆく。

 木板でDIYした縦長の土台に、まだ持っていたウサギの毛皮敷いて、革紐の手綱を付けただけの簡単な代物だけど、それでも十分だ。


〈あわわわわ危ない危ない怖い怖い死んじゃう死んじゃう!〉

〈我々もう死んでるし、ぶつかっても転んでも衝撃無効でしょ〉

〈うおおおお速えええええ! 何で今までこれを知らなかったんだああああ!!〉

〈お、おいっ《隻腕》! これ大丈夫なのか!? コレットちゃんに傷1つ付けたら承知しねぇぞ!!〉


 大丈夫ですよ。何かぶつかりそうになったら、念動力で弾くか逸らすので。


「コジョッ!? オゴッ……」


 ほら、今オコジョにぶつかりましたけど、全然衝撃とか無いでしょ。



 徐々に坂がなだらかになってゆく。

 スピードが付き過ぎると流石に危ないので、体重移動と念動力でゆっくりブレーキをかける。


「はい、おしまい。どうだった?」

「すごいですワン! 速いですワン! もう1回やりたいですワン!!」


 コレットさんはブンブンと尻尾を振って喜んでくれた。

 でも、もう1回はちょっと、今は無理だなぁ。

 今フラワーヒルの町に戻ったら、たぶん警備員の人に掴まっちゃうので。


〈ふおおおおお! コレットちゃんが喜んでる!!

 よくやったぞ《隻腕》、お前はやる時はやるやつだ!!〉


 ありがとうございます。

 って、あ……もう昇天しちゃうんですか……。


〈俺はもう人生に未練も何もないと、ガチャを回しに来た!!

 だが、そこでコレットちゃんと出逢った!!

 この数日、ずっとコレットちゃんが心から笑ってくれたらと、それだけを考えてきた!!

 お前がコレットちゃんを笑わせたんだ、《隻腕》!! もう思い残すことは何もねえ!!〉


 それだけいって笑った亡霊の人は光の粒と化し、幸せそうに昇天していった。


「? お兄さん、何見てますワン?」


 コレットさんは笑顔で僕を見上げて尋ねる。


 思い返してみれば、舞台を見る時も楽しそうにしてはいても、何処かに小さな翳りが差していたようにも思う。将来の不安があったせいかな。

 その不安がこの何の保障もない旅に出ることで拭われた……というのであれば、ちょっと、あまり現実が見えていない感じだ。僕の方が不安になる。


「うん。今亡霊の人がまた1人、昇天していったんだ」

「どの人ですワン?」

「背が高くてヒゲの濃い、革鎧の人」

「ああ、あの人ですワン? きっとソリが楽しかったんですワン!

 無事に昇天できて良かったですワン!」


 僕は「そうかもね」と笑顔で返した。



 99%の確率で死ぬガチャを回し、誰が生き残るか、何人が生き残るかを賭けるお金持ちの遊び・ガチャトト。

 そのガチャを回す役、演者として僕と一緒に舞台に立った9人の内、6人が亡霊になって僕に憑いてきてくれた。


 その内の2人はフラワーヒルの町にいる間に未練を解消し、満足して昇天していった。

 1人は数日前、実家の家族に手紙を書いた(僕が代筆した)ことで、僕に感謝を告げながら。

 1人は町を出る直前、生前の上司の家の壁にペンキで「パワハラハゲ」と落書きした(僕が代筆した)ことで、喝采と哄笑を上げながら。


 そして今また1人いなくなった。


 ガチャトトの日からたった7日、随分と早い。

 本当ならそれが当然というか、むしろ死んだ時点でおしまいのはずではあるんだけど。


〈何落ち込んでるのよ。私達がみんないなくなっても、コレットちゃんがいるでしょ〉

〈そうだね。君が我々のためにあれこれと頑張ってくれることは本当に感謝している。

 それでもやっぱり、君は生者だからね。生者は生者と楽しく暮らすべきだよ〉


 そうですかね。そうなのかな。


 生きてる人と仲良くなれるか、何故か妙に不安だ。


〈大丈夫でしょ。コレットちゃんは良い子だし、あなたも良い人だし〉


 はい、とも、いいえ、とも言いにくいなぁ。


「もう一度坂を上るのは今は無理だけど、隣町までソリを引いていこう。ちょっと走るから、コレットさんは座っててね」

「はいですワン! お願いしますですワン!!」


 雪の上に立つと、足が沈む。


「ごめん、走るのは無理かも」

「……わかりましたですワン」


 うう。いたたまれない……。

 亡霊の人達も何やら僕を叱責しているようだけど、流石にこれはどうしようもないので、一旦意識から遮断させていただくことにした。


 僕は1度深呼吸をした後、コレットさんと荷物を載せたソリの紐を左手で引いて歩き始めた。

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