115. ◆コレット=ポチ

 コレット=ポチは今、舞台袖からステージを眺めている。

 照明の下で横1列に並ぶ演者は10人。その全員が顔見知りとは言え、日に数度だけ顔を合わせて、用事を聞くだけの間柄で名前も知らない。


 ガチャトトは8日に1度、月に3回開催されるが、常に演者の応募があるものでもない。

 人数調整のため、最も長い者は半月ほども宿舎に逗留していた。といっても、コレットがその演者と共にショウを見に行ったり、雑談を交わしたりできたのは最初の数日だけで、それ以降に聞けたのは後悔と悲嘆の言葉ばかりだった。

 今は舞台の一番奥、舞台に出る直前まで飲んでいたアルコールに酩酊した状態で、楽しそうに笑っている。


 各演者の前には、つい先ほどコレットが運んだ宝玉の山があった。

 その更に向こうには客席があり、《雪椿の会》の客達が座っている。最前列に並ぶ客は、爆死者の頭部の破片を浴びることを理解した上でそこにいる常連だ。死者の血や肉は数秒で消滅するとは言え、当然感触はある。彼らは普段のショウを見に来ることもなく、コレットとは趣味の合わない人達だった。


 舞台上からちらりと見渡した客層は、身なりが良かったり、恰幅が良かったり、品が良かったり、いずれも上流の者達だった。

 カタバラ商国における上流階級とは「高位の役職に就く能力を持った者」だが、血統や才能はステータスに大きく関わるし、受けられる教育にも親や保護者の財力が大きく関わる。


 生まれ持っての格差。それを乗り越えるためにガチャを回す。


 そう言って爆死した者をコレットは何十人と見て来たし、生き残ってもノーマルランクのスキルを1つ得ただけで、却って絶望した者も見た。その演者は8日後に再びガチャを回して爆死した。


「ガチャメニューは開きましたね?

 それでは皆さん、一斉にガチャを回してください!」


 司会の担当者は賭場のディーラーで、コレットが《雪椿の会》の運営に関わる以前からここで働いていた。ほとんどが恐怖に包まれている演者達を明るい調子で紹介し、場を盛り上げ、舞台を進行する。


『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』


 ガチャを回す時に聞こえるいつもの声。甲高く、少し震えた、感情の無い声だ。


 コレットがいる側の舞台袖に一番近い位置に立つのは、片腕の男だった。

 前日に賭場の後片付けを手伝ってくれたので、優しい人なのだろうとは思う。

 一瞬の迷いもなくガチャボタンを押した男は、自分のガチャメニュー画面を見ることもなく、他の演者達の様子を伺っていた。

 この距離で頭が爆発したら破片が飛んでくるかもしれない、などとコレットは考えていた。


 数秒後。

 片腕の男以外の9人が爆死する。

 内の2人がドロップアイテムを落とした。普段はそれを回収するのもコレットの仕事だが、今日は生き残りがいたので、ドロップアイテムは彼の総取りだ。


 司会が生き残った男を讃え、観客達は喜んだり、残念がったり、大袈裟に顔をしかめたり、男に歓声を送ったりしていた。




 ガチャトトの舞台が終わり、コレットは客席を1つ1つ丁寧に雑巾掛けしている。

 片腕の男は、今日も作業を手伝ってくれた。今は舞台のモップ掛けをしてくれている。


「お兄さん、明日は何時頃に出ますですワン?」

「昼までに出れば良いんですよね。なら、目が覚めた時間に適当に出ます」

「わかりましたですワン」


 今年最後のガチャトトが終われば、演者の仕事はもう無い。

 そうなるともうここに留まる理由もなく、宿舎も引き払わなければならない。

 これからどうするのかと聞けば、月が明けて雪の季節が終わるまでは、町で時間を潰すとのことだった。


「そういえばお兄さん、ガチャではどんなスキルを引きましたですワン?」


 それほど興味は無かったが、話の種にとコレットは尋ねた。


「……何だっけ? 何か耐性系だったと思うけど」


 本人もそれほど興味はなかったらしい。


 そこで話が途切れてしまったが、2人は改めて話題を捻り出すようなこともなく、そのまま集中して掃除を進めた。

 モップ掛けが終わった男も客席の掃除に周り、その日の作業も普段より早く終わることができた。


 急いで部屋に戻る必要もないので、少し休んで、話をしてゆくことにした。

 拭いたばかりの客席に座るのも何なので、舞台の端に、少し間を開けて2人で腰かける。


「あ、そうだ、コレットさん。

 ドロップアイテムで組紐くみひもの腕輪をもらったんですけど、これ良かったらあげます」

「いいんですワン? それはお兄さんのものですワン」

「デザインが僕には似合わないし、着けないならコレットさんにあげて欲しいと持ち主が言うので」

「? そんな話してたんですワン? ありがとうございますですワン」


 コレットは手渡された腕輪の持ち主を思い出す。

 確か、ガチャトト参加者には比較的珍しい、フラワーヒルの町出身の人間だった。コレットが話したのは彼女が演者としてやって来てからで、何度か一緒にショウを見に行くこともあったし、お菓子を分けてくれたこともあった。

 目の前の腕輪は彼女が身に付けていた腕輪そのものではなく、それを元にドロップアイテムとして再生成された装備品だ。コレットは目を閉じたまま小さく礼を呟いて、その腕輪を装備した。


「コレットさんは今月の仕事が終わったら、来年までお休みなんです?」


 男が尋ねる。


「たぶん、私がここで働けるのは今年で最後ですワン」

「え、何で?」

「私は孤児ですワン。でも、もう大人になるので、来年の早い内には孤児院を出ますですワン」


 コレットは腕輪を見つめながら答えた。


「この仕事は、私が犬人ライカンだから私に回ってきてますですワン。

 犬人ライカンになったら、もう私はお払い箱ですワン」


 前回のガチャトトの日の翌日に、コレットはそういった話を自分の上司である課長から聞いていた。


「ふうん。仕事の当てはあるの?」

「私はお勉強ができませんですワン。力は強いので、力仕事なら何かできるかもしれませんですワン」


 男はいつの間にかタメ口になっていたが、コレットは元からそれほど相手の口調や態度にも興味がない。互いに気付かないまま話は続く。


「ああ、何かすごい量のまきとか酒瓶とか、軽々運んでたよね」

「はいですワン。でも、一生荷運びをするのも、何だか嫌だなって思いますですワン」


 明日の朝に去って行く相手に、コレットは何となく、愚痴を溢してしまう。

 付き合いの浅い相手で、二度と会わない相手だからこそ、あまり口にしない内心を聞かせていた。


「荷物運びで平和に暮らせるなら、それもそれで良いと思うけど」

「私は生まれてすぐから、ずっとここの仕事をしてましたワン。今更、荷運びの仕事なんてしたくないですワン」

「あー。商国は職業に貴賤を地で行く国だしねぇ」

「そりゃそうですワン? 難しい試験が必要な、お金を稼げる仕事の方が偉いですワン」


 コレットの言葉に、片腕の男は何もない天井を見ながら苦笑いを浮かべていた。


「それで、課長に相談しましたですワン。私にできるお仕事はないかって、聞きましたですワン」

「コレットさん、わりと1人で色々やってたしね」

「でも、1ヶ月働いて1年暮らせるような仕事は無いんだそうですワン」

「それはまぁ、そうだろうねぇ」


 今まで孤児院で暮らしていたコレットだが、孤児院を出れば家を借り、食費や税金もすべて自分で支払うことになる。1年分の生活費を1ヶ月で稼ぐには、余程の高給取りでなければならない。


 本当のことを言えば、コレットは1つだけ、それができる仕事を提示はされていた。

 純血犬人は混血にすると外見的な特徴が残りやすく、マーメイドやフェアリー、鱗人などと掛け合わせれば不思議な外見の子が産まれる率が高い。そのため、混血ミックスショウの演者の母親にならないかと課長に提案されたのだ。

 ただ、混血ミックスショウの演者達に、その高度な技術に強い憧れを持つコレットは、それを選ぶのは何か違う気がした。


「なので、1年間を貯金で凌いで、ガチャトトに挑戦しますですワン」


 そう言うと、男は突然驚いたように身体を震わせ、眉根を寄せて首を振る。

 自分のことを棚に上げて何か説教でもする気だろうか、とコレットは身構えたが、特にそのようなことはなかった。


「おすすめはしないけど、止めるのも無責任だしね」


 そう言って立ち上がり、


「短い間だったけど、お世話になりました。おやすみ」


 そう言って会場を後にした。




 コレットは指折り数える。

 今日が24日。今月はあと、25、26、27、28、29、30。6日ある。

 それが終わったら、孤児院を出る準備を始めなければならない。


 1年だけなら冒険者をやるのも良いだろうか、と考え、「冒険者」なる者達がどんな仕事をしているのか、あまり知らないことに気が付いた。

 先日話した冒険者は幽霊屋敷でゴースト退治をしたという。オコジョレースのオコジョを捕獲してきたのも冒険者だったはずだ。他にはどんな仕事があるのだろうか。


 明日もし時間があれば、あの片腕の男に聞いてみようか。

 そんなことを考えていると、出入り口のドアが開く音がして、


「何度もごめん」


 その片腕の男が戻ってきた。


「忘れ物ですワン?」

「戻れ戻れって、皆がうるさくて」

「みんなですワン? 誰ですワン?」

「さっき爆死した人達の亡霊」


 曰く、彼はスキルの力で、自分の周囲で死んだ人の亡霊が憑いてしまうことがあるらしい。

 先程手に入れたばかりのスキルを、まるで慣れ親しんだ物のように語るな、とコレットは首を傾げた。


「亡霊の人達が言うんだよ。コレットの所に戻れ、って」

「はぁですワン」

「お前のことは知らないけどコレットちゃんは可愛いとか、あんたとは初対面だけどコレットちゃんは幸せになって欲しいとか、てめぇはどうでも良いけどコレットを助けてやれとか」

「……本当ですワン?」


 まずコレットには、亡霊がいるといのも俄かには信じられない。

 ただ、スキルの力というのなら、そういうこともあるのかも知れない。


 それでも、その亡霊たちが自分のことを気に掛けているのが、コレットにはよく解らなかった。


「コレットさんは皆の癒しだったんだって」


 コレットにとっては、ごく短い期間だけ身近にして、すぐに死んでいなくなる人達だった。相応の態度で、深くは付き合わないようにしていたつもりだった。

 褒められて悪い気はしないが、単純に不思議な気分だ。


「僕達は来月の頭にこの町を出るから、良かったらその時に一緒に来て欲しいんだけど」


 コレットはしばらく考えてから、これはすぐに答えの出る話でもないと思い至る。

 だから彼女は「考えときますですワン」とだけ返答した。

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