114. 僕は正直に答えた
《雪椿の会》では奇数日に賭場、偶数日に舞台をそれぞれ開いている。
僕が契約した日は
契約2日目。前日のショウに感激した僕はこの感動を本人に伝えるべく、演者の人の部屋を訪ねていた。
「どうせなら、もっと早く契約しとけば良かったです……」
「へへ、楽しんで貰えたなら嬉しいぜ」
6本腕の
父方が
舞台上で見ただけでも、6本の腕にそれぞれ違う武器を持って器用に扱ったり、6本腕で次々放つ投げナイフを全て的に当てたり、異次元の動きでジャグリングをしたり、間違いなく普通に強い。
鱗にも深い傷があるし、たぶん過去に戦闘職をやってたんだろうとも思う。
のだけど、僕に配給される分のお酒(飲めないけど一応もらった)を手土産に挨拶に行くと、
「明日死ぬんだろ? 俺の芸が冥土の土産になったな」
「僕はまだ死にませんよ。良かったら明日は、生き残る方に賭けてくださいね」
「ははっ! なら、この酒代くらいはな」
僕も自分の生存に有り金を賭ける予定なので色々聞いたんだけど、特定個人が生き残る確率は1%で、オッズは平時で90倍くらいだそうだ。
良い物を見せてもらったお礼に、お小遣い稼ぎをしていただこう。
「お前は何でこんな仕事やろうと思ったんだ?」
センジュさんは軽い感じで僕に問う。
「暇だったので」
僕は正直に答えた。
商国に来てから何度か一緒に仕事をしたこともあり、
「センジュさんはどうしてこの仕事を?」
「お? 俺か、俺はな、あー……他の仕事が糞だったから、だな」
なるほどなぁ。
僕も労働者になってからよく思いますけど、仕事って糞ですよね。
翼の生えた人魚みたいなレインさんは、部屋の真ん中に置かれた水槽で半身浴をしながら鼻歌を歌っていた。
ドライフラワーを浮かべたガラス水槽は、毎年彼女専用に用意されているそうだ。
「レインさん、もっと大きな街で単独コンサートでもできるんじゃないですか?」
「やってるよ? この季節以外は、世界中色んなとこ回ってる」
「ですよね」
ショウでは舞台から文字通り飛び出し、天井の高い客席の上まで縦横無尽に飛びながら魔法を振り撒き美声で歌う―――という初見では全く理解が追い付かない歌謡劇を演じていた。
あれを無料で見れるのは嬉しい。普段のコンサートの席代を聞いたら、安い席でも手が出せない金額だった。格差社会。
「ただ、ここには恩もあるし。私のルーツというか、ホームみたいなものだからね」
曰く、レインさんは有翼人とマーメイドの混血で、種族はマーメイドだそうだ。
仕事を探して放浪していた頃、スカウトされて未経験で歌手をやることになったそうだ。
ここで経験と実績を積み、ここのお客さんの紹介で他国でも歌えるようになったんだとか。
今では信じられないことだけど、地元では混血というだけで仕事に就くこともできず、結構な扱いを受けてきたらしい。
この世界の人種差別感覚が未だによくわからないんだけど、国や地域、種族によってはそういうのあるのかな? 友達の角エルフの人も人間嫌いだったし。
「他にできることがなくて始めた仕事だったけど、今は天職だったと思うな。
……きみは、どうしてそんな仕事やろうと思ったの?」
レインさんは、憐憫を滲ませて僕に問う。
「向いてるんですよ、こういうの」
僕は正直に答えた。
直立した仔ネコに虫翅が生えたフェアリーのショーコさんは、
「うちもこの季節はいっつもフラワーヒルの町で過ごすニャリ。
正直ギャラだけなら都市部の方が高いニャリが、真冬ならここの待遇は商国で一番ニャリよ~!
ギャラもそこそこ、部屋も
ショーコさんは商国内では名の知れた芸人で、普段は首都の辺りに暮らしているそうだ。
そういえば首都の辺りで「羽の生えたネコ」の絵のポスターを見たことがあるけど、本人に会って初めて、あれが実在人物の似顔絵だったと知った。
「うちは子供の頃に師匠の芸にハマって弟子入りしたニャリ! この業界、色々面倒ごともあるニャリが、好きを仕事にすると人生楽しいニャリよ~」
「舞台からも本気で楽しそうなのが解りますもんね。見てるこっちも幸せになりますし」
「ふふっ、ありがとニャリ~ん!」
ついついグッズも買ってしまった。
「兄さんは、何でそんな仕事する気になったニャリ。
違約金払ってでもやめるニャリよ。うちのマネージャーでもやんないニャリか?」
ショーコさんは真顔になって僕に問う。
「ありがとうございます。でも、僕にはこれくらいの仕事がちょうど良いのかなって」
僕は正直に答えた。
ショーコさんは何も言わず、溜息をつく。
本当にありがたいお話なんだけど、プロの芸を見てしまうと、やっぱり畏れ多いという気持ちが強くなってしまう。
僕以外のガチャトトの演者にも顔合わせは出来ていない。コレットさんが言うには、ここに来たのが前回のガチャトトのすぐ後くらいだったそうで、最初の数日以降は部屋に閉じこもっているらしい。
その夜は貰った
宿舎に戻る途中で、片付け作業中のコレットさんに遭った。
まだ子供なのに遅くまでご苦労様だなぁ。
僕も未成年だけど、コレットさんは小柄だし、もっと若いように見える。異種族だからたぶんだけど。
この世界に労基法はないのか。
「お疲れ様です」
「お疲れさまですワン。お兄さん、今日は大勝ちしてましたですワン?」
「1000z分のチップが5万zになりました」
「すごいですワン!」
ギャンブラーというのは僕の天職なのかも知れない。
勝過ぎたら出禁になったり、命を狙われたりするのかも知れないけど。
夜遅くに1人で働いている子供を置いて帰るのも申し訳ないので、僕も手伝わせてもらうことにした。
カード用のテーブルを拭いたり、落ちているゴミを拾ったり、モップ掛けを半分担当したり。
いつもより早く終わった、と尻尾を振って喜ばれたので、手伝った甲斐はあったかな。
「お兄さんは、どうしてここのお仕事することにしたですワン?
だって、ガチャトトの演者さんは、大体みんな死んじゃうワン」
コレットさんは不思議そうに僕に問う。
「ここに来れば、友達ができるかなって」
僕は正直に答えた。
明日の演者は僕を含めて10人だと言う。
内の9人が爆死するなら、何人かは僕に憑いて来てくれるかな、と僕は思っていた。
1人で寝るのは、未だに慣れない。
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