109. ◆コレット=ポチ

 フラワーヒルの町は花と緑が売りの観光都市であり、住民も上流階級から奴隷階級まで等しく、花と緑を愛する気風を持っていた。

 花畑が雪に埋もれる吹雪の月は、彼らにとって牢獄に押し込められたにも等しい虚しく無為な時間であり、この1ヶ月をやり過ごすため、様々な娯楽が考えられた。


 町の上流階級のために作られた《雪椿の会》もまたその1つで、今ではこの催しを見物するために、わざわざ雪の季節にフラワーヒルの町を訪れる観光客もいると言う。


 犬人ライカンの少女・コレット=ポチは3年前にポップしてから町の孤児院に預けられ、吹雪の月になると毎年、下働きとして《雪椿の会》に派遣されている。純血種の犬人ライカンは身体能力に優れ、物覚えが良く、従順であり、特に幼い内は多くの異種族から「愛らしい」と評される外見をしている(一部の獣人を除く)ため、こうした働き口は少なくない。

 ただ、多くの人族と同様に犬人ライカンもポップ時の肉体年齢は10歳前後であり、そろそろコレットも子供パピーの時期を脱してしまう。孤児院も出なければならないし、《雪椿の会》に呼ばれるのも今年が最後だろうなと思っていた。


「コレット、洗濯は終わった?」


 上司からの確認の呼び声に、考え事をやめて洗濯桶に視線を戻す。無意識の内でも作業は順調に進んでおり、すすぎが終われば残りは乾燥だけ。雪空の下に干しても乾くはずがないので、乾燥は魔法が得意な者――目の前の上司に任せることになっている。


「もうすぐ終わりますですワン」

「終わったら積んどいてね。その後は混血ミックス小屋のまき足しお願い。

 乾燥が済んだら私はそのまま外回りに行ってくるから、誰かに聞かれたら言っといて?」

「はい、了解しましたですワン!」


 《雪椿の会》は上流階級のためのイベントであり、関係者の多くは上流階級なので、その歴史や人気に比べて実労働者の数は極めて少ない。

 手早く濯ぎ作業を済ませ、薪小屋へ向かう。46キログラムはある薪を1人で担ぎ、混血ミックス小屋と呼ばれる施設に向かった。


「薪の追加に来ました。置いときますね」

「おう、ありがとよ」


 混血ミックスショウは、珍しい配合による特殊な外見の亜人や、同様の魔物を見世物にする施設だ。他地域では「ポリコレに真っ向から喧嘩を売っている」と評されたこともあるが(※本件については評者こそが不公正で職業差別的な思想の持ち主だとの意見もあり、現在も司法部署による審議中となっている)、それは《雪椿の会》が余所者に対してあまり広く語られることのない理由の1つでもある。


 混血ミックスショウの「演者」と呼ばれる役割は、ほぼ全ての仕事が試験結果と適性で決められるカタバラ商国においては、で就ける極めて珍しい仕事だ。

 ここで働く亜人は替えが効かない存在である分、その待遇もコレットよりは数段良い。混血ミックス小屋という専用の宿舎に1人1部屋与えられ、冬場の薪も使い放題、酒や嗜好品も毎日配給される。


 毎年この季節に他所の町から出稼ぎに来る人もいて、コレットも最初の内は1ヶ月ゴロゴロしているだけでお金が貰える暮らしを羨んだりもした。

 しかし、実際に仕事をしている場面を一目見れば、常連の亜人が客を喜ばせるのはその外見より、話術や芸によるものだとコレットも理解できる。何の芸もない者は翌年から呼ばれないし、結局楽な仕事なんてないのだと納得した。


 いずれにせよ、コレットは自然発生ポップで生まれたこともあり、完全な純血の犬人ライカンだ。演者とは下働きとして少し話す程度の関係だし、来年からはショウを見に行くことすらできない立場だった。





 いつものように《雪椿の会》の雑用仕事をしていたある日、コレットは上司から呼び止められる。


「今日は夜にガチャトトがあるから。コレット、貴女、アシスタントね」

「わかりましたですワン」

「演者の人達はガチャ小屋にいるから、それぞれ希望聞いて、お酒とかお菓子とか差し入れといて」

「はい、やっておきますですワン」


 毎年吹雪の月の8日、16日、24日に行われるガチャトトは、客の中では人気のあるイベントだった。

 コレットはイベント自体はあまり好きではないが、アシスタントの仕事は綺麗な服を着ることができる点は少し楽しい。

 アシスタントの仕事は300個ずつの宝玉を舞台に運ぶことと、ドロップアイテムを素早く舞台上から回収すること。普通はカートに載せて運ぶらしいが、コレットがアシスタントをするようになってからは、大きな籠に積んだものを抱えて運ぶ。小柄な少女が山積みの宝玉を運ぶ姿が愛らしいということで、これも客からは評判が良い。


 最初の年は、何故こんなショウにも演者をやる人が絶えないのか疑問だったけれど、最近はコレットにも、何となく気持ちがわかる。


「失礼しますですワン」


 ノックをしながら声を掛け、返事を待たずにドアを開く。


「ガチャトト演者の皆さまに、御用聞きをしてますですワン。お酒やお菓子はいかがですワン?」

「お、お、おうでヤンス! 御用聞きでヤンスか?」


 びくりと飛び跳ね、震える声で答える犬人ライカンの男を見て、コレットは暖炉の状態を確認した。

 薪は十分あるし、部屋が寒い訳でもなさそうだ。コレットは毛皮が厚い分寒さを感じにくいが、耳と尾以外はほとんど人間に近いこの演者でも、これなら寒いということはないだろう。


「はい、お酒やお菓子など、御入用でしたら後でお持ちしますですワン。無料ですワン」

「なら、酒を貰うでヤンス。強いのを頼むでヤンス」


 演者の男の尾は丸まって足の間に挟まっている。寒いというより怖いのだろうか。

 ここにいるのだから、自分でやると言ったのだろうに。そんな呆れを顔に出さないように努めて、注文をメモに取る。


 改めて演者の姿を見る。背丈は大きくないが、大の大人だ。この辺りでは見たことがない人なので、他所から来た冒険者だろうと辺りを付ける。そういう演者は少なくない。

 特に筋肉量が多いわけでもないから前衛戦士ではなさそうだし、頭が良さそうにも見えないから魔法使いでもなさそうだ。どちらかと言えば弱そうに見えるし、耳飾りイヤカフや飾りベルトなどつけてチャラついている。


 冒険者。試験の要らない、主義の仕事。こんな人でもなれる役割ポジションがあるならば、自分でも冒険者にならなれるだろうか。

 なんとなく、コレットはその演者と話をしてみたくなった。


「お兄さんは冒険者の人ですワン?」

「おう、そうでヤンス。昨日もこの町の幽霊屋敷で大冒険をしてきたでヤンスよ!」


 幽霊屋敷、というと孤児院の近くにあるボロボロの建物だ。昔々、度胸試しに忍び込んだ孤児院の子供が殺されてゴーストに仲間入りしたという噂もある。遠めに見ても不気味な屋敷。


「お兄さんは、何の役割をしてるんですワン?」

「斥候でヤンス。冒険者の斥候っていうのは、魔物の接近を警戒したり、鍵を開けたり、罠を外したり、逆に罠を仕掛けたり、とにかく一番仕事の多い、大事な役割なんでヤンス!」

「へー、よくわからないけど凄いですワン!」


 弱そうに見えた演者が、意外に重要な仕事をしているらしいことにコレットは驚いた。

 やはり自分には冒険者も難しいだろうか、と考える。

 考えてもわからないので、訊くことにした。


「それって私にもできますですワン?」

「へっへへ、素人にはちょーっと難しいでヤンスな!」


 なるほど、とコレットは思い、それから自分が仕事の最中だったことを思い出した。

 話のお礼を言ってから部屋を出て、他の演者の部屋も一通り周り、それぞれ希望する物を差し入れた。




 その夜のガチャトトは9人中9人全員が【爆死】を引き、全員爆死に賭けた客が1.1倍の配当を得て終わった。


「課長、これどうしましょうですワン?」


 コレットは手に持った金属を上司に見せて確認する。

 今夜のショウではドロップアイテムが1つ出たので、コレットが回収している。ガチャトトに参加するような者は金もスキルも持たないので、そのドロップアイテムは物としての価値も低く、スキルも★☆☆☆☆星1の下級スキルしかついていない。いつも捨てるように言われるが、毎回確認はするようにも言われている。


「うーん。捨てといて」


 今回も、いつもと同じ答えが返ってきた。

 コレットは手の中でドロップアイテムを転がし、上司に尋ねる。


「貰ってもいいですワン?」


 今までも何度かドロップアイテムを貰って帰ることはあったが、やはり毎回許可は取る必要がある。


「いいわよ。その辺で売っても、自分で使っても」


 今回もあっさりと許可が出たので、コレットは一言上司に礼を言って、自分の耳につけてみた。

 鏡が無いので自分の姿は確認できなかったけれど、ステータスメニューの「装備一覧」タブを見ると、【耳飾:真鍮のイヤカフ】と表示されている。


 これといって感慨はない。

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