108. 行方不明事件の噂

 「吹雪の月」と呼ばれる今の季節は、その名の通り積雪の多い時期になる。

 本当に吹雪くまでなるのは寒冷地だけだし、地方によっては雪が降らない所もあると思うけど、この辺は標高も高く、海から吹く湿った風がどうこうで、この季節は毎年雪に閉ざされてしまうらしい。

 街道も豪雪で閉鎖され、物流はストップ。根性で歩いて渡ることはできるけど、滅多にそんな人はいない。


 海にも上空にもマナは多く含まれるから、雪にも当然大量のマナが含まれる。

 この世界ではマナの多い場所なら少ない食事で生きていけるので、雪の季節は食費がかからず、宿泊費・生活費が大幅に抑えられる。

 そうでなければ仕事の少ない冒険者は食い詰めてしまうけど、それでも宿では素泊まりの値段と薪代は取られる。宿に泊まるお金もなくなったら野宿をすることになり……結局は凍死だ。


 僕は先日めでたく【冷気耐性:下級】スキルが10個重複し、寒さを100%カットできるようになったから、普通に雪の中に埋もれて寝てるんだけど。

 これ意外と寝心地もいいし、宿代もかからないし、マナ含有量が多いから寝てるだけで満腹だよ。雪山最高。


 とはいえ、1人でいても退屈だし、他にすることもないので、一応毎日冒険者ギルドに通ってはいる。

 幽霊屋敷のゴースト退治から3日。ろくな仕事がないんだけどね。


「何かバイト的なやつでも良いからありません? 僕こう見えてカタロース王国の名門、王立高等学院中退なので、家庭教師とかできる気がしますよ」

「冒険者ギルドに家庭教師の依頼は来ませんし、無資格就労は違法ですし、中退ではそれほどアピールになりませんよ」

「ですよねぇ」


 受付嬢の人の呆れ顔に愛想笑いを返し、受付を離れた。


 ギルド内には同じように暇そうな冒険者の人達がちらほらいて、ギルド併設のカフェでコーヒーか何か飲んでいたり、資料コーナーで調べ物をしたり、ギルド内のお店をぼんやり眺めたりしていた。

 誰も僕の方を気にすることはなく、思い思いに時間を潰している。


 面倒臭いけど、また雪に埋もれた薬草を採取する仕事でもしようかな。暇だし。

 凶暴なライチョウやオコジョに襲われなければ単純作業だし、今の時期なら報酬も割増になるから、そこまで悪い依頼でもない。面倒臭いし、寒いし、面倒臭いし、他にする人は滅多にいないけど。


「働きたくないなぁ」

「何を言っているでござるか、《隻腕》殿」

「あ、聞かれましたか」


 この間、幽霊屋敷の依頼を一緒に受けた侍の人だ。


 このお侍さんは、僕がこの町に来た時に最初に話しかけてくれた人でもある。この辺では珍しい黒髪同士ということで、地元の話とか聞かれたんだけど、何とも答えにくいので少々濁してしまった。

 それから依頼の時まで話す機会はなかったんだけど、あの日からまたちょくちょく話掛けてくれる。


「いえ、暇だから薬草採取の依頼でも受けようかと思ったんですけど」

「この雪の中をでござるか? 凍え死ぬでござるよ?」

「寒さには強いんですよ。とはいえ、雪に埋まってるのを探すのは面倒だから、どうしたものかと」

「左様でござったか」


 話している内に、どんどんやる気がなくなってきた僕は、お侍さんと世間話をする方向に計画をシフトした。とはいえ、お互い雪の町に引きこもっているわけで、目新しい情報なんかも特にない。

 地元だって本当は世界単位で違うわけで、共通の話題となると、先日の依頼の件くらいだ。


 あ。そういえば。


「先日の依頼で一緒になった斥候の人、この2、3日見ないですね」


 依頼終わりの打上げ後、宿に帰る足取りがふらついていたから心配だったけど、そのまま行き倒れて凍死したのかな……犬人ライカンと言っても外見は人間寄りで、毛皮もなかったし。


「あの後、行き倒れたりしてたら残念ですね。やっぱり無理にでも送れば良かったです」

「それはまあ、若者とは言え大人なら自己責任でござろうが……近頃、気になる噂があるのでござるよ」

「と言いますと」


 口元に手を当て声を潜めるお侍さんに、僕は少し耳を寄せた。


「《隻腕》殿は聞いたことがござらんか。この数日、この町で起きている、行方不明事件の噂を」


 聞いたことないな。あまり話す人もいないし。


「冒険者や金のない若者が、ある日忽然と姿を消すのでござるよ」

「その辺で野垂れ死んだのでは?」


 この世界は死体とか残らないので、行方不明者と死者の判別が難しいと思うんだけど。


「実は、姿を消した者の何人かが、その直前に怪しい女と話している姿が目撃されているのでござる」

「ええ……警備員の人に通報しましょうよ」

「それが、通報した者は何人かいるものの……合法だから気にするな、と軽くあしらわれて終わるそうでござるよ。どうもこの町の有力者が絡んでいるようでござるが」


 この世界の法、あんまり信用できないんだよなぁ。


「宿の主やギルドの者に聞いても、自分から関わらなければ特に害はない、そこは安心してくれと言うばかりでござる」

「何ですそれ」


 安心してくれ、って言われてもなぁ。


 ……まあ、自分から関わらなければ害はないって話だし、たぶん大丈夫でしょ。

 こんなに平和な町で、そんな物騒な事件が起きるわけないよね。

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