106. 目が覚めると、冒険者ギルドの医務室だった
目が覚めると、冒険者ギルドの医務室だった。
起き上ろうとして体勢を崩す。
体勢を崩したというか、腕に全然力が入らなかった。
左手は包帯か何かで固定されてる感覚があるから、右手で身体を支えようとしたんだけど、まるで動かない。
仕方が無いので動かしづらい左手で勢いをつけて、腹筋で起き上がって毛布をずり落とす。
右腕が無い。
〈右腕は完全に死んでたメェ〉
ベッド脇の床からダイ吉君が浮き上がり、そんなことを言う。
僕の混乱耐性スキルは装備無しでも蓄積値-100%に達しているので、こんな時でも落ち着いた対応が可能だ。
どういうこと? お医者の人に切除されたの?
〈メェ? いや、壊死したから死体が消えただけだメェ〉
聞いた言葉を噛みしめる。理屈は判った。そういうこともあるんだろう。
改めて見ても、右肩からの先には何もない。
ふうん。
〈あれから街の警備が来て、メイドは逃げたメェ。
おメェは冒険者だからギルドに運ばれて、治療されて、今は一晩明けた所だメェ〉
なるほど。なんとなく状況はわかった。
昨日の宿代は払ってないけど、荷物とか大丈夫かな……今日中くらいなら回収できるかな?
ガチャメニューを開いて、無料ガチャが回復しているのを確認した。
ボタンを押そうと思ったけど、右手はないし、左手も動かないな。
ガチャは左乳首で回せば最高レアが当たるって迷信があった気がするけど……どうせ
試しに鼻で押してみるか。
『ピロリッ、ガチャッ、スタートッ!!』
何の問題もなく回せた。変わり映えのしないガチャ演出が終わり、現金が出てくる。
【商国通貨:1000
王国通貨の1000
〈……メェ、大丈夫かメェ?〉
わりと大丈夫。寝る前に回復薬飲んだお陰かな。
左腕の方は、この感じだと1、2週間で治ると思うよ。ガチャで回復薬が出たらもっと早いかな。
それまでは念動力で何とかなるでしょ。
ベッドの横に置いてあった装備品を回収する、けど、あー。
いくつかは完全に壊れてて、所持アイテム一覧に表示されないな。捨てるしかないか。捨てよ。
念動力で靴を履き、毛布を畳み、髪を軽く整えた。完全に極めたね、念動力。
〈俺より上手いと思うメェ。手の使い方のイメェジが元からあるからかも知れないメェ〉
念動力の本家本元、インテリヒツジに褒められたぞ。
これはもう世界一の念動力使いと言っても過言じゃないのでは?
僕が起きたのに気付いたギルドの人がやってきて、治療費と宿泊費で1200zも取られてしまった。
ガチャで出たお金と、昨日の依頼達成報酬と合わせて支払えたけど、結構な支出だな。
首無しメイドの件について特徴や予想されるスキル等の報告を行い、ギルドを出る。
まずはこのまま傭兵斡旋所に行こう。
依頼達成報酬の僕の取り分以外、4分の3を支払いに行く必要がある。
ギルド報酬は山分け、そういう契約だからだ。
「はい、確かに頂戴いたします」
斡旋所受付嬢の人に取り分を納めた。
現金をカウンターの下に引っ込めた受付嬢の人は、何かしら書類のような物を取り出し、「あ」と呟いて引っ込める。
「何です今の」
「いえ。傭兵斡旋所ご利用のお客様には、担当した傭兵の評定に関わるアンケートを任意でご協力いただいているのですが……」
「ああ、すみません」
僕の雇った傭兵は3人いて、3人とも死んでしまったので、評定は必要ないということなんだろう。
「それでは、またのご利用をお待ちしております」
「こちらこそ、ありがとうございました」
カウンターを後にしようと振り返った所で、
「ふんッ」
「ぐえっ!?」
頬に何かが当たった感じ、身体ごと撥ね飛ばされて、遅れて痛みが来た。
「いった……」
〈何だメェ! 人間の爺さんが突然殴りかかってきたメェ!!〉
ええ……何それ……?
「ヒザニヤさん!! 何をするんですか!!」
ああ、何か見たことある人だ。前にここでみたゴツいお爺さんだな。
何だよ急に。また通り魔か。
念動力と腹筋で素早く立ち上がり、他の傭兵の人にも目を配る。皆ドン引きしてるし、襲ってくる人はいなさそうだな。
相手を1人に絞って、一応身構えた。
「貴様。盾役が何を1人で生き残っているのだ」
そんなことを言う。
「誰か、ヒザニヤさんを捕まえてください!」
「邪魔をするなッ! 若造共が!!」
受付嬢の人の叫びに、併設バーで昼酒を食らっていた人の何人かが通り魔を押さえつけに来たけれど、それほど真面目に抑える気はないのか、軽く振り払われていた。
通り魔の人も僕に追撃を加える気はないのか、威圧感はあるけど構えを解いた感じだ。1発殴り返したい所だけど、たぶん今やると殺されるかも。
「この男1人のせいで、3人の傭兵が死んだ! 傭兵を使い捨ての壁だとでも思っているのか!!」
「彼に過失はありません! 今回の件は、新人冒険者や新人傭兵に対処できる相手ではありませんでした! それに、彼は倒れるまで戦い続けていました!」
何か無茶苦茶なことを言われ、受付嬢の人がすごい庇ってくれた。
でもあれ実は、メイドの人に襲われたのは、一応僕が狙われたってのもあるんだよなぁ。
〈おメェに過失はないメェ。
メイドの件は逆恨みだったし、この傭兵の件も逆恨みだメェ〉
ダイ吉君もフォローしてくれた。ありがとうね。
受付嬢の人と通り魔傭兵はそれからしばらく言い合って、僕は言葉だけの謝罪と形だけの謝罪をそれぞれ受け、傭兵斡旋所を後にした。
宿に戻ると、荷物はまとめて保管してくれていたけれど、保管料を支払わなければならないらしい。
念動力でそのまま物を渡すと驚かれるだろうから、諸々の支払いは袖だけの右腕を動かして添え、いい感じに手で持っているように見せかける。我ながらこの細やかな念動力操作は、ちょっとすごいと思う。
片腕がなく、片腕が動かない状態で
〈何だかんだで、結構手持ちの金も少なくなったメェ……〉
ガチャで現金出てなかったら文無しだったんだけど。武器もほとんど無くなるし。
馬車代払ったらギリギリだね。着いたら野宿だ、これは。
〈目的地はどうするメェ?〉
とりあえず南かなぁ。
ネコの売ってる街に行くんだよね。
〈……メェ。わかったメェ〉
ああ。でも、そういえばネコを見に行きたがった姫様はもう居ないんだった。
変なタイミングで昇天するから、まともなお別れもできなかった。
お別れの言葉的な奴も用意してなかったし。
馬車の停留所に着いたので、待合の列に並ぶ。
周りの人がぎょっとした顔で僕を二度見した。腕がないのに気付いたのかな。
〈黒毛〉
どうしたの。ダイ吉君。
〈おメェ、ボロ泣きだメェ。顔を拭くメェ〉
んん。本当だ。
念動力で右袖を動かして、目元を拭う。
うん。そうなんだよ。
姫様が居なくなっちゃったんだよなぁ。半年くらい一緒にいたのに。
元々死んでた人だし、元々そのために色々してたんだから、良いことではあるんだけど。
せめてお別れくらいはちゃんとしたかったなぁ。
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