105. 逆恨みで、人殺しか

 僕が首無しメイドの面倒臭さに憤慨していると、ダイ吉君は何やら訝し気に首を傾げる。


〈メェ……? こいつ、俺の声は聞こえてないメェ?〉


 んん。そうなの?

 ダイ吉君はふわふわと首無しメイドの目の前まで飛んでいく。特に反応はない。


〈答えろッ!!〉


 怒ってはいるけど、ダイ吉君を斬り払うようなことはしない。


〈鼻毛出てるメェ〉


 ダイ吉君が適当なことを言う。

 鼻無ぇわ、と突っ込むこともしない。

 これは完全に、見えても聞こえてもないね。


 声の感じは亡霊の人達と同じなのに、亡霊の声は聞こえないのか。

 でも、生きてる僕の声は聞こえるのか。ややこしいな……。


 ふわふわと僕の隣へ戻ってきたダイ吉君は、ちょっと苛ついた感じでこう言った。


〈万全の状態ならともかく、このままではおメェは死ぬメェ。

 なら、死ぬメェに駄メェ元でたメェしてみて欲しいメェ〉


 よし、何だか解らないけど判った。作戦をお願いします、班長リーダー


〈名付けて、「言いたいことを言ってあわよくば相手の心を折り追い返す作戦」だメェ!〉


 言いたいことを言ってあわよくば相手の心を折り追い返す作戦。


 頭がぼーっとして、ちょっとよく理解できない。


〈さっきから俺も腹が立ってたメェ! どうせ死ぬなら言いたいこと言ってから死ぬメェ!

 運が良ければ命は助かるはずメェ、黒毛ッ! 俺の言う通りに繰り返すメェ!!〉


 ……滅多に聞かないレベルの無茶苦茶な作戦だけど、僕も腹は立ってるからそれでいいや。どうぞ。


 そして、僕はダイ吉君の言葉をそのまま復唱した。


 まず、姫様の死の最大の要因は姫様自身とメイドにあるという話。


 どちらかと言えば僕は姫様を守ろうとしていたという話。


 僕が鉱山にいたのは冤罪だし、その冤罪生まれた原因は姫様の父親にあるという話。


 計算尽くで説得する気のないラインナップ、とにかく腹の立ったことを全部捲し立てる流れ。


 話もせずに殺しにかかってくるのはおかしいという話。


 全然関係ない冒険者を殺したのは完全に犯罪でしかないという話。


 そういえば鉱山で僕が魔物に襲われてる時に何してたんだという話。


 領主がおかしなことをしているなら近くにいる者が諫めろという話。


 ひたすら思い付いた順番に、僕が思い付いた話も含めて、絶え間なく責め立てる。


 ……全部言ったらちょっとだけスッキリした。


〈遺言は終わりか〉


 結構色々と喋ったのに、無感情なリアクションだな。

 まあ別に、これで相手が反省するとは思ってなかったけども。


〈これでおメェも未練なく死ねるメェ?〉


 うん、そうだね。

 そこ気にしてくれてたんだ。ありがとう。


〈なら最後に1つ、あいつにトラウマ刻んでやるメェ! 「姫様からの伝言だ」〉


 んん? わかった。


「姫様からの伝言だ」

〈――何だと?〉


 メイドの言葉に、何某かの感情が混ざる。


〈「あの鉱山で死んでから、姫様はずっと亡霊として僕に憑いて、一緒に過ごして来た」〉

「あの鉱山で死んでから、姫様はずっと亡霊として僕に憑いて、一緒に過ごして来た」

〈出鱈目を言うな〉


 短い返答。


〈仮に亡霊になられたとして、何故貴様などに憑く〉


 そこに、言葉が続く。


〈「そういうスキルがある。お前には無いようだが」〉

「そういうスキルがある。お前には無いようだが」

〈――ッ!〉


 メイドの人の身体が、一瞬強張るのが見て取れた。


〈――お嬢様は今、そちらにいらっしゃるのか〉

〈「今はいない。既に未練を解消し、天に還った」〉

「今はいない。既に未練を解消し、天に還った」


 さっき急にね。


〈「スキル保有者の近くにいる者が死ぬ間際、この世に未練があると、亡霊になる」〉

「スキル保有者の近くにいる者が死ぬ間際、この世に未練があると、亡霊になる」

〈「おいメイド。姫様が何故亡霊になったかわかるか?」〉

「おいメイド。姫様が何故亡霊になったかわかるか?」


 僕はわからない。わからないから半年近くも、姫様を連れまわすことになった。


〈「姫様は、お前の命を救いたかったんだよ」〉

「……。姫様は、お前の命を救いたかったんだよ」


 僕は一瞬言葉に詰まってしまった。

 そうだったのかな。そうだったのか。

 だから、メイドの人がのを見た途端、変なタイミングで昇天してしまったのか。


 でもそれって、メイドの人が死んでいたら、姫様はずっとこの世を彷徨い続けることになった、ってことじゃないのか。

 スキルがあるから悪霊化もできないまま、ほとんどの人に姿を認識されない状態で、叶わない未練を抱え続ける。

 依代の僕が死んだらどうなっていたんだろう。亡霊も消えるのか、それとも、その場から動けなくなるのか。永久に。


 血が足りない。頭がぼーっとする。


〈「姫様は最後にこう言っ……〉

「姫様はさっき、あなたの姿を見て昇天した。嬉しそうに笑ってたよ」


 ダイ吉君が言い終える前に、僕の言葉が僕の口をついて出た。


「未練の心当たりを聞かれた姫様は、兄の心配をするのと同時に、あなたのお墓のことを言ってたよ」


 鉱山でのこと、ラビットフィールドの町でのことを思い出す。


「あなたが好きだった場所だって、開拓村の跡地にお墓を作った。僕も手伝った」


 手を動かしたのは僕だったけど。


「それから絞り出すように考えて、冒険をしたり、学校に通ったりしたけど、ずっと未練は消えなかった」


 毎日楽しそうではあったけど、それでもずっとだ。


「あなたを見た途端に、首がなくてもあなたがだと気付いた。

 あなたの姿を見た途端、安心したように昇天した」


 本当に変なタイミングだったけども。

 びっくりして不意打ち食らっちゃったけど。


「対するあなたはどうだ。何をしていた」


 びくり、とメイドの人が震えた。


「逆恨みで、人殺しか」


 鼻で笑ってみせた。




 僕は激昂したメイドの人に滅多刺しにされたけど、何度刺されても魅了状態になることはなかった。

 後で確認したら魅了耐性スキルは-60%しか無かったけど、あまりあの人に魅力を感じなかったから、精神力による耐性も効いたんだろうね。


 少しすると通報を受けた警備員の人達が来て、結局、メイドの人は僕に止めも刺さずに逃げて行った。


 全身ボロボロだ。腕も動かないから、念動力で下級回復薬の瓶を取り出し、大きな傷にかける。

 昨日、一昨日と練習した時には小石を転がすのがやっとだったのに、瓶を持ち上げて蓋を開ける程度の動きが当たり前に出来たのは、命の危機だったとかそういう話なんだと思う。


 下級回復薬1本で傷が全て治るはずはないけど、少なくともこれで死ぬことはない。



 周囲の人やダイ吉くんの声を聞きながら、僕は少し眠ることにした。

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