104. 貴様の家族も、仲間も、大切な者は全て皆殺しだ
「ええっ、姫様?」
首無しメイドに襲われている最中に、姫様は突然光と化して昇天した。
未練がなくなった時のやつ。今まで半年近く、うんともすんとも言わなかったのに。
このタイミングで?
〈黒毛! 呆けるなメェ……メェッ!!〉
鋭く叫ぶダイ吉君の声に一瞬遅れ、
「がっ、ああッ!?」
右肩に激痛、バランスが崩れて地面に倒れる。
〈メッ!? おい、回復薬を使うメェ! 早くメェ!!〉
何だこれ、めちゃくちゃ痛い。右手で下級回復薬の入ったポケットを探ろうとするも、何だか感覚がおかしい。ポケットに手が当たらない。
歯を食いしばって右側を見ると、
「あれ」
右腕が曲線的に曲がっていた。指が動かない。
「――潰れろいッ」
!!
ドワオさんが振り下ろす追撃の大槌を転がって避ける。
腕が押し潰されてジャリジャリ音を鳴らすけど、今更痛みは増えない。
……ううん。いやに余裕だな、僕は。
片腕が動かないのに。
ドワオさんの攻撃は遅い、だから避けるのは難しくない。
痛みは意識すればある程度無視できた。
焦りさえしなければ避けるのは簡単だ。
まだ掴んでいた盾を捨て、左手で右側のポケットを探って下級回復薬に触れる。
でも、もう言うほど痛くなくなったな?
骨は粉々になった感じするし、これ1本で治るとも思えない。後でいいか。
まずは逃げる。ここまで騒ぎになれば、誰か人も出てくるだろう。
僕はそのまま転身する。
〈メェッ!? あいつから視線を切るなメェ!!〉
ダイ吉君が叫ぶ。
〈逃げるな〉
左足の力が抜けて、僕はまた倒れた。
ああ。そうだった。敵はドワオさんじゃなくて、こいつだったんだ。
足に黒塗りのナイフが刺さっている。
確かに、姫様の所のメイドがこんなナイフを使っていた気がする。
仰向けに寝がえりを打って身を起こす。この状況でも痛みを気にしなければ身体が動くのは、やっぱり異常だ。心臓を刺されたりすれば死ぬけれど、根本的な部分で、この世界はやっぱりHP制なんだろう。
頭が纏まらない。鋭く息を吐く。
駆け寄ってきたドワオさんが大槌を振り上げ、
〈まだ早い〉
「ぬがあッ!!」
前に回り込んだ首無しメイドが、彼の目にナイフを突き立てた。
〈な、何だメェ……一体何をメェ……?〉
首無しメイドはドワオさんの背後から抱き着く位置に移動し、突き立てたナイフを捻りながら眼窩に埋め込んでいく。
ドワオさんはもう声を発することもなく、笑みを浮かべながら痙攣していた。
ナイフが全て見えなくなった所で、ドワオさんの身体の実体は薄れ、消え、ナイフが地面に落ちた。
〈貴様は、じっくりと
首が無いから口も無いのに、首無しメイドは当たり前のように喋っている。
頭の奥に響く感じは、声帯を通した声というより、亡霊の声に似ている。
肉の体はあるのに、アンデッドの類なんだろうか。この世界のアンデッドには、十字架も般若心経も効かないと思うけど。
〈貴様の仲間は、皆死んだな〉
首無しメイドは抑揚の無い声でそう言った。
何だそれは。
「何故、こんなことをする」
意味が解らない。本当にただの通り魔なのか。
だとして、本当に姫様のメイドだった人が化け物になったのか?
〈メェ、動きは人間の範疇だメェ。あの
ギルドの人が見た限り、それらしい種族は無かったって話だしね。
〈――スキルか、メェ?〉
スキル。首が無くても死なないスキル?
死なないスキルか。ああ、そういえば姫様が言ってたね。
鉱山で死んだ時、死なないスキルを取るためにガチャに賭けたって。
〈なるほど、【不死】かメェ。
伝承じゃ「死なない」としか伝わってないがメェ……こういうことかメェ〉
ピンポイントで
いや、現状を見ると、そんなに運が良いとも言い切れないけど。
〈何故、だと?〉
と。メイドが言った。
んん。あ、さっき僕が口にした言葉か。
「何故、こんなことをする」って。
〈貴様らのせいでお嬢様は亡くなった。だから殺す。仇討ちだ。
貴様の家族も、仲間も、大切な者は全て皆殺しだ〉
そんなことを言う。
ああ。本当にこれ。あのメイドなんだな。
〈何言ってるメェ。経緯は聞いたがメェ、姫様――お前の言うお嬢様が死んだのは、少なくとも黒毛のせいでは無いメェ。それは、逆恨みだメェ〉
逆恨み。逆恨みなのかな。どうだろ。
僕が本気で止めようと思ったら、止められたかも知れないけど。
〈逆恨みだメェ。おメェが止メェる
教育者に全部の責任をおっかぶせるのは良くないと思うよ。
〈少なくとも、このメェドは傍にいたメェ。だったらこいつが諫メェるのが筋だメェ〉
……それはそうだよね。いや、本当にそうだ。
何で僕がこの人に恨まれないといけないんだ。
逆恨みだな、完全に。
で、ドワオさん達は逆恨みのとばっちりだ。
〈あの
「それね! そこは本当にもう、完全にただの通り魔だよね! 何がお嬢様の仇討ちだよ!!」
わりと腹が立ってきたぞ。
何とか言え、この通り魔。
〈何だと? この私が通り魔? どういうつもりだ……ッ!!〉
どういうつもりも何も、さっきダイ吉君が言った通りだよ!
人の話を聞け!!!
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