103. それではいつか、また逢う日まで……!!

 傭兵契約の最終日。

 昼過ぎには依頼を終えた僕達は、無事にノースゲートの街まで戻ってきた。


「3日間ありがとうございました」

「なんの、儂らも仕事ですからの」

「また何かあれば依頼するがいいぞ」

「何やあんたら、もう終わった気なん? 報酬を貰うまでが依頼やで!」


 ドワーフ、エルフ、フェアリー。

 妖精の人達は気難しいと聞いていたけど、特に衝突などはなく、無難にパーティとしてやってこれたと思う。


〈ギルドで報酬を山分けしたら、宿を引き払って馬車便で出発だメェ〉

〈目的地はネコのいる街ですわよ!〉


 夕方の便で出れば夜には隣町に着くし、そこで1泊してから次の目的地の検討ですかね。

 夕食は早めに屋台で食べて行けるかな。


 討伐依頼があった森は、ノースゲートの街からすれば王国側でも商国の中心側でもない、あまり人通りのない街門の近くにある。

 ギルドへ向かう道にも人通りは少なく、屋台なんかは見当たらない。


 食べるにしても、ギルドに寄った後だろうけれど。


 と。


 ぽたり、と水滴が落ちる音がした。


「ん? 何や……って、うわあ! 出た!」


 目の前を飛んでいたフェアリーのフェアミさんが振り返ると共に、叫び声を上げて上空へ飛んで行く。

 一瞬遅れて僕達残りの3人が振り向いた時、


「ぐえっ」


 潰れたカエルだかアヒルだかのような声を上げたフェアミさんが、ぐしゃり、と地面に落ちて――消滅した。


 死んだ。死体が消えた後に、黒塗りのナイフが転がる。



〈――逃がすものか。1匹も〉



 やったのは。首無しの化け物だ。


〈あら?〉


「おいおい、まだ化け物が出るような時間ではないだろう?」

「フェアミがやられた。ワシらの速さじゃ逃げられん。やるぞ」


 傭兵の2人はすぐに死んだ仲間のいた地面から意識を切り離し、それぞれの武器を構える。

 呆けていた僕も、それを見て盾を構えた。


 血塗れの、メイドだな。これは。

 断たれた首から泡と共に溢れる血が、服を流れて地面に落ち、落ちた傍から蒸発するように消えてゆく。


 首無しメイドが正面から駆け寄って来る所へ、エルキチさんが牽制の矢を1射。

 メイドは少しだけ身体を傾けてそれを躱す。

 それに合わせて盾役の僕が身体の向きを変えようとした所で、


〈ラヴィ! ラヴィじゃありませんの!〉


 姫様の嬉しそうな声に、一瞬気を取られた。


 え、と思った時には、首無しメイドは視界から消えている。


「ぬわっ!?」

「ぐうっ……!!」


 しまった、抜かれた! そう気付いて振り返った時には、後ろの2人は腕や足をナイフで数ヶ所傷付けられていた。

 まだ傷は浅い、立て直せる。

 ミスをした時は謝罪の前にリカバー、それがこの臨時パーティ内のルールだ。


 と言ってもこのスピードの相手に盾なんか役に立たないので、竹刀を捨てて予備に持っていた竹の杖に持ち替え前に出る。出の早い炎熱魔法の弾を飛ばして距離を取らせた。


〈329番さん、ラヴィが生きてましたのよ!〉

〈姫様、こんな時に何言ってるメェ!?〉

〈ダイ吉さん! あれはわたくしのメイドですわ!〉


 姫様のメイド。というと、鉱山奴隷をしていた時に会った人ですよね。

 生きてた? 本人かどうか以前に、あれたぶん死んでますよね。首無いし。

 いやそれより、今忙しいんで後にしてもらえますか!


〈でも生きてますわよ?〉

〈いや、黒毛。あれは確かに生きてるメェ〉


 ええっ!? じゃあ人違いでしょ。あのメイドの人は人間ですよね!


〈……殺す……お嬢様の仇………苦しめて殺す………ッ!!〉

〈ほら、やっぱりラヴィの声ですわ! ラヴィー!! 聞こえませんの?〉


 ちょっと、本当に、情報量を増やさないで欲しい。

 魔法力に無理のない程度に魔法を連射して牽制するも、相手は離れた所で僕の魔法を避けるばかりで、仕掛けてくる様子もない。

 この隙に戦闘班パーティメンバーの2人が態勢を立て直してくれれば……んん、何だ、対応が遅いな。

 槌使いのドワオさんはともかく、弓使いのエルキチさんはまた攻撃に参加してくれても良いのでは。


〈おい黒毛、その2人の様子がおかしいメェ!〉


 え、どういうこと。今視線切れないから説明して!


〈何かぶつぶつ呟いてるメェ……ッ!? メッ、伏せるメェ!!〉


 ダイ吉君の警告を受け、即座に地面に伏せる。僕の頭のあった場所を矢が通り抜けて行った。

 首無しメイドは余裕を持って流れ矢を躱し、再び棒立ちになる。


「危なっ、何するんで……ッ!?」


 振り返った先には、槌でエルキチさんの頭を叩き潰すドワオさんの姿があった。


「……エルキチぃ、あの別嬪さんに弓を引きよったなぁ……当然の報いじゃぁ、ぐひ、ぐひひひ……」


 そこには普段の頼れるドワオさんの面影はなく、目がぐるんぐるんしながら涎を垂らしている、控えめに言って狂人の姿があった。


〈これはっ、魅了状態だメェ!!〉


 えええ、魅了ってこんななるの……って、魅了!?


〈状況差や個人差はあるメェ! こいつは比較的頭のおかしい方だメェ!

 恐らく、さっきナイフで切られた時にかかったメェ!!〉

「旦那ぁ……旦那もさっきから、あんな綺麗な嬢ちゃんに魔法をぶっ放すなんて、失礼な奴じゃのう」

「落ち着いて! そんな場合じゃないですよ!!」

「……死んで償えい!!」


 大振りの大槌、避けるのは難しくないけど、床石が砕けた破片が散弾のように飛んでくる。

 うわ、盾に罅が入った! そんななるの!?


〈無意識のリミッターが完全に外れてるメェ……直撃したら一発だメェ!!〉


 やばいやばい、死ぬ死ぬ!

 回避できないナイフの時点で十分死ねたけど、直接的な破壊力は判りやすく怖い!!


〈329番さん、今までありがとうございました!

 あなたとの旅、本当に、とてもとても楽しかったですわ……!〉


 姫様が僕の死亡前提みたいな話をしてる! そんな場合じゃないんですって!


〈……メェ? おい黒毛、何だこの光の粒はメェ……!?〉


 ダイ吉君もそんな場合じゃ……いや、え、ちょっと待ってよ。


 光の粒?


 メイドとドワオさん、双方から距離を取りながらダイ吉君と姫様の方へ視線を向けると、


〈それではいつか、また逢う日まで……!!〉


 姫様がキラキラとした光の粒になって、溶けるように消えていく姿が目に入った。


 えええ!!


 今!!?



 そんな場合じゃないでしょ!!!

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