094. ◆ドーロボ=ウニャンコ

「大人しいですね、この子」

「ニャハハ、撫でられるのが好きなんですニャ」


 カタロース王都ハネシタと、カタバラ最北の都市・ノースゲートの街を繋ぐ連絡馬車。

 十数人の乗客を乗せた広い車内では、猫人フェルパーの商人が、ほぼ全ての乗客の興味を独占していた。正確には彼がではなく、彼の連れていたネコが、だが。

 商人の名はドーロボ=ウニャンコ。ノースゲートで貿易商として働く若者だ。


「にゃーん」


 彼の飼いネコは今、ハネシタから来た黒髪の少年に撫でられ、心地良さそうに目を細めている。野生のネコはあまり人慣れしないものだが、ウニャンコの飼うそれは繁殖によって生まれた直後の個体を、完全に人の手で育てたものだった。


 ウニャンコがネコを連れ歩いているのには理由がある。


「抱いてみますニャ?」

「あ、良いんですか? やった、お願いします」


 ネコを抱いた少年の表情が緩む。

 ネコだけに集中し、それ以外の者など完全に意識外に追いやっている、ように見えた。

 ウニャンコは心の中で【鑑定】スキルの行使を念じる。


『エラー! 鑑定に抵抗されました!』


 予想と違う反応に少し驚いたが、無いことではない。

 鑑定スキルの成功率は100%。それに抵抗できるということは、高い感知抵抗スキルを持っているか、感知抵抗の度合いは低くとも運が良かったか、という所だろう。

 ウニャンコはそのように判断した。


 実際、鑑定の対象となった少年の感知抵抗は、感知系スキルの成功率を70%下げるまでに積み重なっている。100%の成功率では、成功する確率の方が低い。


「ふみゃあ」


 鑑定スキルは相手のステータスメニュー、つまりステータス・スキル・装備・所持アイテムを閲覧するスキルだが、同一対象に連続して使用する場合、7日のクールタイムが必要となる。

 しかし、感知系スキルである【鑑定】に抵抗されたということは、相手の所有スキルは感知抵抗であることは間違いない。


 感知抵抗ならばウニャンコも【感知抵抗:中級】を持っているため、それほど優先度は高くない。

 嘘感知スキルに依存している相手に詐欺を仕掛ける上では有用だが、所詮は数百人に1人もいない相手にのみ刺さる程度の三流スキルだ。

 他に有用なスキルを持つ者が馬車に同乗していれば、そちらを先に狙う方が得策と言えた。


「商国にはネコって多いんですか?」

「海沿いの港湾貿易商なら飼ってることも多いかニャ?

 都市部にはいないニャ。言っても魔物だからニャ」


 不自然にならない早さで話を切り上げ、少年からネコを回収。他の乗客に手渡し、【鑑定】をかける。


 そうして一通り馬車内の客のスキルを鑑定し、まずは【斬撃耐性:上級】を持っていた王国貴族の女に、【スキル強奪】を行使した。



 この【スキル強奪】はウニャンコが生まれつき持っていた★★★★★星5スキルだ。

 かつてカタバラ商国が「ブリスケット商王国」という名であった頃、当時王族として君臨していた血筋の末裔、薄れた血の先祖返りが彼だった。両親は人間の顔と身体に猫人フェルパーの耳尻尾が生えた程度の半獣人だったが、何の因果かほぼ全身が猫人フェルパーの姿で生まれた彼は、王族の証であるスキルも保有していたのだ。

 彼の生まれ育った最下層工業地区にはスキル保有者など1人も居らず、長らくこのスキルは宝の持ち腐れだった。しかし成長したウニャンコは徐々にスキルを集め、今の職場に移ってからは加速度的にスキルを増やすようになった。

 代わり映えのしない自分のスキルメニューなんて確認する者はそういない。低補正・低成功率の常時発動パッシブスキルならば、スキルを奪われたことに気付くのは、数週間か数ヶ月は経ってからになるだろう。


 【スキル強奪】は100%の確率で相手のスキル1個をランダムに奪うスキル。とはいえ、これも万能ではない。

 額面上は100%とあるものの、相手が警戒していれば体感で半分程度まで抵抗される。【鑑定】等と異なり、スキル行使時は相手に接触している必要があるため、初対面の相手に警戒されないことはほぼ不可能。窃盗抵抗スキル保有者であれば更に成功率は下がる。

 同一対象に連続して使用する場合は7日のクールタイムが必要となり、また、能動的発動アクティブスキルで消費魔法力が大きいため、ウニャンコの魔法力では1日1度の使用が限度だ。相手がスキルを持っていなかった場合でも、魔法力は消費され、枯渇する。


 このスキルの成功率を上げるために、ウニャンコはネコで警戒を解く方法を編み出した。

 鑑定スキルを奪えたことで効率は更に向上。とはいえ、これは当然すぐに相手に気付かれてしまい、やむなく目撃者を含めて皆殺しにする羽目になった。


 今回の馬車の同乗者の内、スキルの保有者は自分を除いて5人。ちょうど5日の旅程で、全員のスキルを奪える計算だ。


 ウニャンコがスキルを集めることに、特に目的はない。単に集めることが楽しいというだけで、例えばそれで商国のトップに立とうとか、大陸の覇者になろうとか、そんな目的は一切ない。

 ただスキルが増えていくのが楽しい、それだけだった。



 そうして5日目、馬車は無事にノースゲートの街に到着する。


「ネコのお陰で楽しい旅でした! ありがとうございます!」

「いやいやこちらこそ、こいつと遊んでもらってありがとニャ」


 ウニャンコはネコを受け取りながら、黒髪の少年に尻尾で軽く触れ、【スキル強奪】を行使した。


「……ンニャ?」

「何かありました?」

「いや、何でもないニャ」


 スキルの強奪は問題なく成功したが、ウニャンコは首を傾げていた。

 確かに、この少年には鑑定に抵抗された。であれば、その保有スキルは感知抵抗スキルのはず。


 にも関わらず、ウニャンコが少年から奪ったスキルは【:下級】だったのだ。


 ウニャンコは少し考えた後、やがて「あ、装備スキルかニャ」と1人納得した。

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