089. 知らない人の訃報で泣くのが難しいのと同じ

 今思い返しても、あの部屋にあのドラゴンを詰め込んだやつは、ドラゴンに謝った方がいいと思う。


〈329番さん、昨日からずっとそれ言ってますわね〉


 だって、酷いと思いませんか。

 首を曲げても天井につかえるくらい巨大なダークドラゴンを、ギリギリ収まるような部屋に入れるってどうなの? 翼があるのに飛べもしないし、自分を巻き込むからブレスも吐けない。

 あと、たぶんあいつ、存在感が希薄になる特性とか持ってたと思うんだけど、真っ白い部屋に黒いドラゴンがいたら嫌でも目立つよね。良い所全部殺してる。

 そのお陰で勝てたんだから、僕が文句を言う筋合いもないんだけど。


 とはいえドラゴンはドラゴン、ステータス的には正面からぶつかったら僕なんか一瞬でぺしゃんこなので、後ろに回って集中攻撃。

 ダイ吉君が考えた天才的なアイデアがなければ、あの硬い鱗はどうにもならなかったかもしれない。


〈まさかドラゴンをあんな方法で倒せるとは……ッ!〉

〈白熱の戦いでしたわね!!〉


 やーでも、みんな気さくで良い人達で、終わってみれば楽しかったなぁ。

 角エルフの人も、第一印象より話せる人だったし。


〈そうですわねぇ。お友達も増えましたし、明日からの学校も楽しみですわ!〉


 ですねぇ、明日は採点済のドロップアイテムも返ってきますし。

 道中の魔物のドロップアイテムは売却して山分けすることになったけど、それとは別に、特別なドロップがあるからなぁ。


 ダークドラゴンのドロップアイテムが1つに、ダンジョンクリア報酬の宝箱ダンジョンドロップが3つで、ちょうど4人分。

 まさか、【転移の玉】で飛ばされた先が誰も到達したことのない地下100階のボス部屋で、僕達が学院ダンジョン初踏破を成し遂げるなんて。


 ダークドラゴンが落とした手甲と、宝箱から出た鈴、かんざし、【100連ガチャチケット】。

 手甲はヒツジの人達には装備できないから、必然的にそれ以外の2人が選ぶことになったんだけど、僕はガチャチケットの方にしておいた。他に誰も欲しい人いないだろうし。狂人を見る目をされたけど。


 そもそもガチャチケットって何だよ? タダでガチャを回せる紙切れだったよ。

 ガチャメニューのウィンドウに、木の扉のガチャ演出が100個並ぶ様は壮観だった。



 ダンジョン初踏破、これは相当な実績だと思うよ。

 探索中はセナ君も活躍してたし、善行かどうかは知らないけど、僕やみんなの助けになったのは間違いないしね。


〈まあ、そうだな……〉


 大司教様も認めてくださると思うけど。


〈それは、僕やお前が判断することじゃない。師匠が判断することだ〉


 もうウラギール大司教の部屋の前なんだけど、セナ君は死んでからは珍しく神妙な顔付きというか、端的に言えば大人しい。

 部屋の前で突っ立ったままなのも何なので、僕はそのままドアをノックし、返事を待ってから入室した。


「ようこそ。今日は、セナの成果報告と聞いていますが」

「はい、昨日、ダンジョン探索実習でセナ君が活躍したので、そのご報告です」


 大司教様と僕が応接用の椅子に座ると、以前この大聖堂で自然発生ポップした男の子がお茶を持って入ってきた。


〈あら、何だか元気がなさそうですわね?〉


 言われて見れば、何だか表情が薄いというか、目の焦点も合わず、足元もふらついている。

 風邪でも引いたのかな。まあ、今はセナ君の話だ。


 ダンジョン内での斥候役をしてくれた話や、危険なアイテムの解説役をしてくれた話。

 力を合わせて学院のダンジョンを踏破したことまで話すと、大司教様は、いつも糸の様に細めている目を見開いて驚いていた。


「どうでしょう、今回セナ君すごい頑張ったと思うんですけど」


 先週の休日に死んだセナ君は今日で死後7日目だ。

 まだ時間的な余裕はあると思うけど、本人が聖職者でもあるし、亡霊でいるのは実際つらいことだろう。なるべく早く未練をなくして、気持ちよく昇天してくれたら良い。

 生前のセナ君は今一付き合いにくい人だったけど、死んでからは結構楽しくやれたように思う。彼の願いは師匠である大司教様に認められることだ。

 毎日共に過ごした相手がいなくなるのは少し寂しいけれど、亡霊としてこの世に留まっているのは自然なことではない。


「セナ、君はどう思いますか」

〈ぼ、僕ですか?〉

「はい。君は今回、自分が私の求めた課題を達成できたと考えていますか?」


 大司教様に問われたセナ君は、少し難しい顔をして、答えた。


〈今の自分に出来る限りのことはしました。しかし、まるで足りなかったように思います〉

「ほう。と言いますと?」

〈僕は今まで、そこの死霊術師より優れた所を見せようと考えていました〉


 え、そうなの。


〈そんなことは言ってましたわよ。でも今は静かに聞く時ですわ〉


 すみません、つい反応してしまいました……。


〈ですが今回、他のメンバーも含めてダンジョンに潜ることで、圧倒的な力量の差を感じ、そもそもこいつ如きに勝った程度では大した意味がないなと気付きました〉


 姫様、これはツッコミを入れても良い所ですよね。


〈今は静かに聞く時ですわよ〉


 はい、では静かに聞きます。


〈誰かに勝つ、ではないのです。他人は関係なく、自分を高めなければなりません。

 今回は仲間に恵まれて偶然生き延びることができましたが、本当ならあの【転移の玉】は使われる前に僕が気付き、警戒を促すべきでした。

 善行を為すにしても、誰かより多くとか、誰かより早くとか、誰かに認めてもらうとか。そういう話ではなく、ただ只管に自身で善き行いを重ねていかなければならないのだと気付きました〉


 そこは、どうなんだろう。

 不意打ちは仕掛ける方が絶対的に有利なんだから、あれを予測して躱すのは、それこそ危機感知スキルでもないと無理だと思うけどなぁ。


 僕は内心首を傾げながらセナ君と大司教様を交互に見ていると……やがて大司教様は小さく頷き、笑顔を浮かべた。


「それが君の出した答えですね。でしたら、合格です」

「えっ?」

〈えっ?〉

〈え、今何と?〉


 何て? え、合格って?


「え、何でです?」

〈おい、お前が訊くなッ! しかし、何故でしょうか師匠。

 僕はまだ、自分でさえ自分を認められていないのに〉


 僕とセナ君が尋ねると、大司教様は優しく仰った。


「以前のセナは、人に与えられた価値観だけで物事を量っていました。

 ……しかし今回、自分で考えて、自分の基準を持つことができた。家を出て、この大聖堂に来たあの日以来、本当に久し振りに。

 それだけで十分ですよ。それ以外は、本当に十分よくできた弟子でした」

〈師匠……ッ!〉


 セナ君は大司教様の言葉に、涙を流して感じ入っていた。


 隣で聞いていた僕はと言うと、何となく、話は判った。


 僕が知らない2人の間のことが色々あったんだろう。

 何年も子弟の間柄だったんだし、色んな話もしただろう。貴族家に生まれ、家を出て聖職者の道を選んだという点も共通している。


 僕は正直な所、2人とは数ヶ月前に会ったばかりだし、それほど関係性が深いわけでもない。

 基盤になる情報がないのでセナ君と同じように感じることはできないけれど、友達が喜んでいることだからなぁ。素直に喜ばしい。


〈ううう~、ぐずっ、セナさん……良かったですわぁ~……ずずッ〉


 姫様は鼻を啜りながらボロボロ泣いてるけど、ここまでのリアクションは僕には無理だ。

 知らない感動エピソードで泣くのは難しいし、別にそうする必要はないと思う。

 知らない人の訃報で泣くのが難しいのと同じだ。


 でも、


「おめでとう、セナ君」


 友達の喜びを心から祝福することはできる。



〈……ありがとう〉



 その時僕はたぶん、セナ君の笑顔を初めて見たのだと思う。

 たぶん大司教様を真似しようとして失敗した薄らとした作り笑いでもなく、変なテンションの大笑いでもなく、何かを馬鹿にして鼻で笑うのでもないやつは。


 霊体がガラスの様にキラキラと輝き、砂のように崩れて行く。


 少しして光は空気の中に溶け消え、セナ君はようやく正常な死を迎えた。


 大司教様は、少し俯いた後、僕達の顔に礼を言った。

 帰り際に「またいつでも来てください」という顔は、やはり寂し気に見えた。

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