088. 転移の玉
学院のダンジョンはスタンダードな洞窟型のダンジョンで、ランプ等の照明器具を持ち込む必要がある。これは事前に申請すれば学校に借りることができるし、いざとなれば魔法で炎を出してもいい。
洞窟探検というものは何となくわくわくする、というのは、僕とインテリヒツジの2人、姫様の共通見解だった。
角エルフの人は植物がないと落ち着かないとか、セナ君は人工物がないと文明的ではないとか言ってるけど、流石に今は我慢してもらうしかない。
実習の方は順調だ。
このダンジョンは分かれ道が多いし、魔物の
ので、ダンジョンに入った順番が遅かった僕達の班でも、戦闘は結構起こる。
ただその安定感がすごい。
最前列で相手の特徴を即座に判断し、突進による攻撃、羊毛を活かした壁役を兼任しながら戦闘班を支えるダイ吉君。
最後尾で全体の状況を把握し、支持を飛ばしながら念動力によるサポート、挟み撃ちにあった時には後面の壁役としても活躍するラム美さん。
中衛から属性魔法を飛ばしてメイン火力を担当し、耳が良いから警戒役もでき、手先も器用なのでトラップの解除等も行える角エルフの人。
壁の向こうにも擦り抜けて、相手に気付かれないまま敵の数や布陣を確認し、接敵時の安全に貢献する斥候役のセナ君。
ふらふらと飛び回り、対物特効スキルの影響で微妙に対人トラップが反応して、誰もいない所で発動させ、事故を未然に防ぐ姫様。
セナ君と姫様の言葉を通訳しつつ、狭いダンジョンの通路で弓や魔法を飛ばすのも怖いので、予備戦力として控える僕。
何もしないのも申し訳ないので、余ってた下級魔力薬を提供した。ダンジョン産や工場産のやつより美味しくて効果が高いとの評判だった。
「みんな普通に強いなぁ」
「役割分担だメェ! 黒毛さんの亡霊も活躍してるメェ!」
とラム美さん。うん、まぁ亡霊は活躍してるんですよね。
〈亡霊の立場にならないと、全て死霊術師の活躍のように見えるからな……ッ〉
それそれ。僕は本当に何もしてないんだよ。
一応緊張感を切らさず仲間の戦闘を見てはいるけど、全然参考にならないレベル。
学院の生徒は大体全員僕より強いというか、ステータスで言えば先日決闘した姫様の従姉の人にも普通に負けるけど、そういう話ではなくて。
まず「相手の攻撃を受け止める」という選択肢があるのが強い。
「敵に相対して戦略を考える」という時間が取れるのが強い。
あと、実は何も考えずに腕力や魔法を振り回すだけで強い。色々考えるのは効率と安全のためだ。
力の差、体格の差がない魔物が相手なら、先に1発当てれば大体勝てる。
それ以上になると技術が必要なんだろう。この3人なら、たぶん、自分達より強い相手には勝てるんだろうと思う。
僕が前にロックビーストを倒した時は、回復薬使い切ってでのゴリ押し戦法だったけど……自分より強い相手と戦う方法も考えておかないと駄目なんだろうなぁ。
角エルフの人が魔法で凍らせた最後のダンジョンゴーレムを、ダイ吉君が頭突きで破壊。戦闘は無事終了した。
周囲に散らばっていたダンジョンコウモリやダンジョントカゲのドロップアイテムを全員で回収し、
と、角エルフの人が長い耳をぴくりと揺らし、首を傾げながら振り返った。
「何か来る。後ろから」
最後尾のラム美さんと僕は振り返って背後の通路を警戒する。
耳を澄ませてみると――確かに、何か聞こえるような気がする。
女の人の笑い声、かな?
〈あら。この声はキュウちゃんですわ〉
えええ。本当ですか。
何しに、というか、何で今来たんだろう。実習中で忙しいんだけど。
「ふふふ……やっと追い付きましたわ、平民共!」
そうこうする間に、姫様の従姉の人は僕達の前に飛び出してきた。
今日は御付の人はいないのか、と思ったら、遠くから呼び声と足音が聞こえる。追いかけては来ているらしい。
僕以外のパーティメンバーはぽかんとしているので、ここはお互いに紹介とかした方が良いのかな。
「ダンジョン探索実習! ここでなら、何が起きても事故だとごまかせますのよ!!」
「何だ、この喧しい下等種族は……ッ」
角エルフの人が怒ってるので、「先日僕と決闘した、姫様の従姉の人ですよ」という説明は口にしないことにした。
従姉の人は全力疾走してきた割に、息を切らしてすらいない。貴族の基礎ステータスは凄いなぁ。
「無礼な亜人がッ! そんな生意気な口が利けるのも今の内ですわ!」
そう言って、また何かしらの光る玉を取り出す。
何あれ。また高級アイテム的なやつ?
〈うーん、わたくしは見たことないですわね〉
姫様を始め、メンバーの反応を見ても警戒はしているものの、あれが何かは判ってないらしい。
『危険! 危険! そのアイテムを使用されると、10分以内に
えっ、危機感知スキルが反応した!? あれそんな危険物なの!!
成功率15%の微妙スキルだけど、発動したってことは危機が近いってことだ!
〈なッ……ま、まさか、あれはッ!?〉
セナ君がすごい焦り始める。
え、何かやばいのあれ。でも、あの人いつもやばいから、今一深刻さが判らないんだけど。
〈おいッ、死霊術師!! 今すぐ逃げろッ!!〉
「え、あ、何か逃げた方がいいそうです!」
「もう遅いのですわ!! 喰らいなさい、【転移の玉】ッ!!」
従姉の人が走って逃げながら地面に叩きつけた玉が砕け散り、破片から光が迸る。
その光を浴びた途端、足が凍り付いたように動かなくなった。
「メェ、これは何だメェ!?」
〈【転移の玉】、思い浮かべた場所へ瞬間移動することのできる使い捨てのアイテムだ! だが、これをダンジョン内部で使うと、ランダムにダンジョン内の何処かへ転移してしまうッ!!〉
「え、【転移の玉】? じゃあこれ何、今からダンジョン内でランダムワープするの? 壁の中にめり込むやつ?」
〈そんな訳がないだろうッ! 冗談を言っている場合か!!〉
冗談のつもりはなかったし、僕は今とても焦ってるんだよ。
「メェ、【転移の玉】かメェ! 全員、仲間の身体に掴まるメェ!!」
「メェ! わかったメェ! かぷっ」
「くッ、下等種族が……覚えていろよッ」
〈掴まる、えぇと、329番さんの身体に入ればいいですの?〉
〈特に掴まる必要等はないッ!! 転移先は全員同じだからなッ!!〉
セナ君の台詞は聞かなかったことにして、僕は空気を読んでダイ吉君の羊毛に掴まった。
「オーホホホホ!! 何処とも知れぬダンジョンの奥で朽ち果てるのですわ!!」
遠くで従姉の人の高笑いが聞こえる。
【転移の玉】の破片から漏れる光は徐々に強くなり、やがて僕達の全身を飲み込み―――。
―――その光が収まった時、僕達はまず、空気の臭いが変わったのを瞬間的に理解した。
生臭く生暖かい風。次いで、転移の光が止んでなお明るい、真っ白な壁。
それまでいた通路とは全く別の場所。三階建て程の高さの天井、それと同じだけの幅と奥行きを持った部屋。
そして、ようやく目の前のそれを認識した。
本当なら見落とすはずがないのに、妙に存在感が希薄だった。
けれど認識した途端に感じる圧倒的な迫力の持ち主を。
天井に
それが翼を広げ、長い首を伸ばしてこちらを見下ろしていた。
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