090. 僕達は大聖堂を、王都を、そしてカタロース王国を後にした。
果実の月/25日。
今年度の授業が始まって、つまり僕が入学してから2ヶ月も経たないその日、王立高等学院は揺れに揺れた。
いつものように生徒が登校し、各自の教室で授業の開始を待っていた所、王国軍が学校と各教室を封鎖した。
困惑する生徒を各担任教師が宥め状況を説明し、まず、各学年のA組の生徒は解放された。
これは、A組に所属する全員が貴族の子女だからだ。
続いて、B組の大半も解放された。解放されたのは貴族の子女と、金銭的に余裕のある商家の子女だ。
X組の数人も解放された。特殊な事情からこのクラスに割り振られた貴族の子女や、自力で学費を捻出できた生徒だ。
3学年合わせて5人足らずだけど、僕もウラギール大司教に学費を払って貰っていたので、ここに含まれる。
何ヶ月か前に、何かの事情で犯罪奴隷を持て余すようになった何処かの領が、何を思ったのか、そのあぶれた奴隷達全員にガチャを回させた。
何処にそんな
永遠に秘匿しておいて欲しかった。
そうして数百人だかの犯罪奴隷の内、通説通りの約10%がドロップアイテムを残し、額面通りの約1%が生き残った。
内の1人がたまたま
そこで今回の学徒動員だ。
王立高等学院には、学費は払えない人も国家との契約を結ぶことで、無料で学費・生活費を保証する制度がある。
契約内容は「有事の際、国家からの要請があれば、あらゆる手段で国家に協力する」。これは創立以来ずっと形式だけの契約だったはずなのだけど、今回がその有事だったらしい。
99%はガチャで爆死するし、10%のドロップアイテムは戦場で活用され、生き残った1%もそのまま戦場に送られる。
やっぱりこの国の上層部は頭がおかしいですね。
僕は自分のクラス、1年X組の教室の窓に近い場所に立って、ガラス越しに部屋の中を眺めていた。
「平民。何を見ている」
「カマセーヌ様」
1年X組の生徒でガチャと兵役を免除されたのは、僕とカマセーヌ様だけだ。
カマセーヌ様は卒業後に軍に入るそうだけど、ガチャを回す必要はない。
他の全員は今、教室の中でガチャを回す準備をしている。
「友達がガチャを回す所を」
僕はカマセーヌ様に答えた。
インテリヒツジの2人と角エルフの1人は、あのダンジョン探索実習からの1ヶ月と少し、確かに僕の友達だった。だから、別れ際に伝えてはある。それが良いことなのかは判らないけれど。
「もし何か未練があるなら、本当に些細な事でもいい。
ガチャを回す時に強く念じてみて。可能な限り叶えるから」
3人は言葉の意味を判ったんだろう、必要ないとは言っていたけれど。一応ね。
クラスメイトは順にガチャエネルギー供給用の装置に触れ、1人ずつガチャを回してゆく。
窓越しに音は聞こえないけれど、頭が爆発するのは見える。
僕はそれを見ていたし、カマセーヌ様も無言で隣に立ってそれを見ていた。
意外と誰も未練を残してないものだな。今の所、誰も亡霊にならない。
その内、僕の友人達の番が来た。
ダイ吉君はガチャを回す前に、一度こちらを振り返り、それからすぐに爆死した。
ドロップアイテムで眼鏡が出たようだけど、それは軍の人に回収されてしまった。
ラム美さんは消えて行くダイ吉君の死体を見ながらガチャを回し、爆死した。
ドロップアイテムは出なかった。
角エルフの人はそんな2人と僕に目をやってからガチャを回し。
爆死は、しない。何かのスキルを得たらしい。
「良かった」
「そうだな。あの亜人は優秀な奴だった。
俺が前線に行くまで生きていれば、部下として使ってやろう」
角エルフの人は、軍の人から何かしら説明を受けているようだ。
人間嫌いは人間の国の学校に通っても全く変わっておらず、思いっきり顔を顰めている。
あ、たぶん今舌打ちしたな……。
僕はその場を離れたけど、カマセーヌ様はまだ残っていた。
この次にガチャを回すのが、彼と組んでダンジョンに潜った2人だった。
〈329番さん! 戻りましたわ!〉
あ、姫様お帰りなさい。角エルフの人は、何かスキル引いたみたいですよ。
〈まあ、それは良かったですわ! キュウちゃんは残念ながら爆死してしまいましたけど……〉
99%爆死ですからね……。
姫様の従姉のキュウジュワ=デ=バクシースルさんは今回、他の生徒と一緒にガチャを回すことになった。
当事者の僕は担任の人からその話を聞かされ、隣で聞いていた姫様は、慌てて従姉の人の教室に飛んで行った。亡霊歴も長くなり、行動範囲が拡大された姫様は僕から結構離れることができるようになったらしい。上階の窓際から覗く程度なら余裕だ。
従姉の人は今まで揉み消されてきた様々な問題に加え、ダンジョン探索実習中に起こしたある大物の保護する生徒(=僕)に対する殺人未遂行為で貴族籍を剥奪され、今回刑罰の意味を込めて、他の生徒と一緒にガチャを回すことになったそうだ。
そんなことあるだろうか。あるんだなぁ、この国では。
学院は明日からも続くけれど、僕は今日でこの学校を中退することにした。
担任の人には報告済で、後は保証人である大司教様の許可を取れば、それで問題ないらしい。
すみませんね、姫様。
〈わたくしも今回のお話で、もう学校は良いかしらって気分ですわ……〉
ならちょうど良かったです。
この校舎も、というより、この国も見納めかなぁ。
校門の辺りまで歩き、最後の思い出に、僕は校舎を振り返る。
〈……メェ?〉
眼鏡を掛けたヒツジの亡霊が宙に浮いていた。
〈あらまあ! ダイ吉さんですわ、ようこそこちら側へ!〉
時間差で来た! 今まで亡霊になった人も、ちょっと時間差あったけど!
〈メェ、黒毛と、隣にいるのが「姫様」かメェ?〉
〈そうですわ! わたくしの方はいつも側で見てましたけど、ダイ吉さんからは初めましてですわね!〉
〈初メェまして、宜しくメェ。……それで、亡霊になったのは俺だけかメェ?〉
角エルフの人は生き残ったよ。
〈おメェ、あいつのこと「角エルフの人」って呼んでたのかメェ……。
いや、メェ。それじゃ、ラム美は……〉
ラム美さんは、ダイ吉君が死んだあとすぐに爆死した……。
まだ来ないってことは、未練が無かったのかな。
〈メェ……そうかメェ〉
〈そうですわね。わたくしも、出来ればラム美さんとお話したかったですけれど〉
〈メェ。満足して逝ったなら、良かったメェ〉
ダイ吉君は眼鏡に触れずにくいっとして、小さく笑った。
〈そうなると、俺の未練は永久に叶わんメェ。
俺が狂うまでのそう長くない間だメェが、宜しく頼むメェ〉
それから僕は一旦宿に戻って荷物をまとめ、大聖堂にあるウラギール大司教の部屋を訪れた。
平日の昼間だから、お忙しい大司教様の時間も簡単にとっていただけた。
「そうですか……学院をやめて、この国も出るのですね」
「はい。大司教様には本当にお世話になったのに、申し訳ありません」
「いえいえ、気にしないでください。
こちらこそ、セナの事もお世話になるばかりで、大してお役には立てませんでした。
結局、バクシースル嬢の未練は学校ではなかったようですしね」
ご挨拶の最中にドアをノックする音が響き、お茶を持った子供が入って来る。
先日風邪気味だった、あの
特に何の問題もなく、元気になってて良かったなぁ。
「そちらのインテリヒツジの方は、今回の学徒動員で爆死された方ですか?」
「はい、セナ君とのダンジョン探索の時も一緒に潜った友人です」
〈メェ、本当にこの人も俺が見えるメェ……あの時はセナに世話になったメェ〉
「こちらこそ、弟子がお世話になりました。
貴方の活躍がなければ、ダンジョン最奥で全滅していたとか」
〈あれは全員の協力あって生き延びたんだメェ〉
それからしばらく、大司教様と僕と亡霊2人は話し込んだ。
学校のこと、戦争のこと、今後のこと。
「何かあれば、気軽に頼ってきてください。
私はいつまでも貴方の味方ですよ」
ウラギール大司教は、この世界に来て唯一の、本当に心から信頼できる人だった。
大司教様に深くお礼を言って、僕達は大聖堂を、王都を、そしてカタロース王国を後にした。
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