085. 封印の玉

 セナ君が亡くなったのが3日前、学校を休んで大司教様に会ったのが昨日。

 その間の2日前、今週の頭から始まった実戦型模擬試合の授業は、その名の通り実戦を模した試合を行うものだ。


 姫様が砂掛け戦法を提案してくれたので、目潰しのつもりで足元の砂を掴んで、試合相手に投げ付けた。


 あれさ、砂の1粒1粒に状態異常蓄積効果があるの、絶対仕様バグだと思うんだよね。

 剣術の先生が言うには精神系状態異常付与スキル持ちの間では一般的らしいけど、ただのバグ技でしょ。

 僕の場合、相手が1発で複数の状態異常に冒されるわ、ついでに窃盗スキルも発動して相手の家宝の斧を盗んでしまうわ、もう散々だった。


 状態異常付与スキルを食らった場合、スキルの蓄積値から耐性分をマイナスした物が対象の中に蓄積され、100%を越えた時点で状態異常は発症する。ほんの少しでも耐性を抜かれれば、数十、数百も多段ヒットする砂粒により、一瞬で状態異常に冒されるわけだ。

 耐性が付与を上回っていれば効かないとは言え、砂が目に入れば精神も乱れるし、どれだけ集中したって生身の人間の耐性だと中級星2レベル以上の状態異常付与は防げないんだよなぁ。

 本当、ステータスメニューに不具合報告フォームのリンクを付けて欲しい。


 と、長々と解説してしまったけど、結局下級スキル1個による、たった+5%の状態異常蓄積値は、僕の【魅了耐性:下級】5個で消し飛ばされ、何百発、何千発当てられようと全く意味を成さなかった。

 厄介な必殺技なのに、僕相手だと相性が悪すぎる……。


 姫様の従姉の人は、決闘中にも関わらず、余裕の仁王立ちで高笑いを始めた。


「オーホホホ! さあ、床に這いつくばって靴を舐めなさい!!」


 嫌ですけど。


「……あら? まだ魅了が効いていませんの?

 でしたら、おかわりですわ!」

「うわっ! ぺっぺっ」

〈きゃあ! わたくしにも砂がかかりましたわ!〉


 いや、これ全く意味を成さないことはないな!

 口に砂は入るし、制服が汚れるし!


〈おい、死霊術師! 遊んでないでさっさと善行を為せ!〉


 うん、まあ、でも殴ったりするのも後が怖いし、魔法で涼風でも送ろう。


 鞄から抜いた杖を振って、2、3度微風を当てると、混乱と幻惑の状態異常が発生したのだろう。

 従姉の人は何事か奇声を上げながら去ってゆき、彼女のメイド達もそれを追っていく。


 倒れていた平民の人は、医務室に引き摺って連れていき、丸投げした。


〈ふっ、まさに完全な善行ッ! これで師匠にもお褒めいただけるッ!!〉


 こういうことは言いたくないんだけど。


〈何だ、はっきり言えッ!!〉


 姫様にはアドバイスとかいただいたけど。

 今回、セナ君は何かした?


〈一生懸命応援されてましたわよ。ね?〉

〈……………糞ッ! 次こそは見ていろッ!!〉


 素直なのは美点だと思う。

 でもそもそも、善行ってこういうので良いのかな。




 翌日、決闘騒ぎのことがクラスでも噂になっており、僕はクラスメイトから遠巻きにされていた。

 とは言え、今までも別に授業以外でクラスメイトと会話したりはなかったし、特に大きな影響もない。


 問題が起きたのは放課後。

 僕はメイドの一団に囲まれていた。


〈あら、キュウちゃんの所の〉

〈何だッ、悪かッ!! やれ死霊術師、先制攻撃だッ!!〉


 やれじゃないよ。


「何か御用でしょうか」

「ふふふ、待っていましたわよ平民!!」

〈キュウちゃんですわ〉

〈おい死霊術師、こいつは悪だろ!? やるぞ、槍を構えろ!!〉


 やるぞじゃないよ。

 先制攻撃で貴族に仕掛けるとか、ラビットフィールドの町ならガチャ刑、クリスタルマインの町なら鉱山送り、王都ならどうなるんだろ。


〈良くて鞭打ち、悪くて市中引き回しの上絞首刑だろうなッ!!〉


 ほら駄目じゃないか。


〈ちっ、平民の立場は面倒臭いッ!!〉


 セナ君、生前はどんな生活してたの。


「昨日はよくもわたくしに恥を掻かせてくれましたわね!」

「申し訳ないです。今後は気を付けます」


 あの後どうなったのかは知らないけど、僕が見ている範囲でも奇声を上げて駆け回ったりしていたのだから、恥は掻いたんだろうな。

 悪いことした人は酷い目に遭っても仕方ないというのは違うと思うし、僕は素直に頭を下げた。


〈あっ、目を逸らすと危ないですわよ〉

「うふふっ、あなたに今後などありませんわ! これでも喰らいなさい!!」


 そこへ視界の外から足下に、ガラスの破片のような物が飛んできた!!

 うわっ、こわっ!?

 思わず顔を上げると、


「オーッホッホッホッホホ!! 油断しましたわね、平民!」


 従姉の人は大爆笑していた。

 何だ今の……と再び足下に視線をやると、ガラスの破片から白い煙が吹き出している。


「えっ、何これ」


 ドライアイス?


〈その煙を浴びるなッ! それは【封印の玉】だッ!!〉


 僕は反射的に後ろへ飛び退がった。

 封印の玉って何だよ。封印された魔物を召喚する系のやつ?

 それとも煙を浴びせた相手を閉じ込めるやつ……?


〈違うッ、そんなものじゃない!! そいつは…〉

「それは【封印の玉】!!

 煙を浴びた者をスキル封印状態にする伝説級アイテムですわ!!」

「ええっ、★★★★★伝説級!?」


 の、消耗品……ッ!?


〈ふざけるなッ、無駄な金を使いやがってッ!!

 いつもいつも、バクシースルの連中は金の使い方がおかしいんだよッ!! どぶに捨てる金があるなら寄付をしろッ、糞がッ!!!〉

〈【封印の玉】は王都のダンジョンからもよく出ますから、伝説級にしてはお安めゴスわよ〉


 いやでも消耗品でしょ。僕には絶対無理ですよ。

 貴族本当怖いわ。


「うふふ、そろそろ効いてきた頃かしら?」


 しかもたぶんこの人、アイテムの説明読んでないな。

 こ、これが貴族……。


 僕は背中の後ろでこっそり杖を振り、冷気の追い風を吹かせ、煙を相手の方に追いやっておく。従姉の人はモロに煙を浴びていた。


「昨日は卑怯な状態異常スキルに敗れましたけれど、これでそちらのスキルは封じましたわ! わたくしの前に這いつくばりなさい!!」


 そうして流れるような砂掛け戦法!

 相手のスキルは封印されてるから、これは完全に単に砂を掛けられるだけ!

 痛い痛い、服が汚れる!


 地味につらいんだけど、そろそろ反撃して良い?


〈問題ないッ! ここまでやれば相手は通り魔だッ!!

 貴族と言えど準男爵、軽い怪我程度なら師匠の権力で握り潰せるッ!!〉


 僕は安心して杖を構えた。


「ひっ、ど、どうしてわたくしのスキルが効きませんの!?」

「さあ……スキルが封印されているからでは?」

「なっ、ひ、卑怯者ッ!!」


 人殺しの差別主義者の通り魔じゃなかったら、友達になりたいくらいの人ですよね、この人。


〈でしょう、キュウちゃんはとっても可愛いのゴスわ!〉


 その辺はよく判りませんけども。


「きょ、今日のところは見逃して上げますわ! 覚えてなさい!」


 従姉の人は後片付けもせず、メイドを引き連れぴゅーっと逃げていった。



〈おいッ、今回の僕は間違いなく活躍したなッ!!

 この調子で悪を滅ぼし尽くし、善行を重ねるぞッ!!〉

〈まあまあセナさん、焦ることはありませんゴスわ〉


 うん、まあ善行なんて地道に重ねていくしかないよね。手柄のためにトラブルを期待するのも変な話だし。


 ところで姫様、さっきからその「ゴスわ」って何ですか。


〈何のことでゴわス?〉


 ゴわス!?


〈ゴスゴス……おかしな329番さんゴスわね。

 うぅ、墓石が欲しいゴスわ…………〉

〈おい死霊術師……まさかこれが噂の悪霊化か……ッ!?〉


 えええ、何で急に……??

 と、とりあえず大聖堂に行こう!

 大司教様に相談しないと!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る