077. 質感は蛇の鱗みたいな感じ

「最近王都の近くに出るという鬼、あれの情報ってありますか?」


 ウラギール大司教に促され、僕はそう尋ねた。


 というのも、冒険者ギルドで聞いてみても、全然情報が集まらなかったので。

 依頼は出てるのに、そもそも冒険者による目撃例が全然ないらしいんだよね。

 本当にいるのか、と言われると、僕は昨日見たからがいるのは確かなんだけど。


「ふむ、鬼ですか。私も噂で聞いただけですが」


 曰く、その鬼が最初に現れたのは貴族の屋敷だったらしい。

 次に現れたのは大きな商家。

 それ以降も、常に金持ちの家を狙い、だけを盗んでいく。

 警備の目を掻い潜り、家人が傷付けられたことは一度もない。

 ただ、だけを盗んでいく。


〈ある物って何ですの?〉

「それがどうやら……」


 と、ドンドンドンとドアを激しく叩く音で、話が中断された。


〈きゃあ! ななな、何ですの!?〉

「おい、シグ! いるか!! 俺が来たぞ!!」

「……と、すみません。次の予定にはまだ早い時間なのですが」


 常に笑顔の大司教様が、珍しい呆れ顔でドアの方を見ている。


「シグ! いないのか! いるんだろ!」

「モウ、今は来客中です! もう少し待ちなさい!」

〈大司教さまのお友達ですの?〉

「ええ。あれも学生時代の友人の1人です」


 大司教様はいつもの笑い方とは少し違う、人間臭い笑顔をしていた。

 なるほど、確かに大司教様のイメージとは離れた感じの人だけど、仲が良いのは本当らしい。


「それじゃ、僕達はそろそろお暇しますね」

「申し訳ありませんね。話の途中だったのですが」

「いえ、本当にお忙しい所をありがとうございました」

〈ありがとうございました! また参りますわ!〉


 そうして僕達はドアを開けた途端に飛び込んできた大柄な男の人と入れ違いに、大司教様の部屋を後にした。




 昨日、山で鬼を見た後、僕はギルドメニュー内の「図鑑」を確認したわけだ。

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▼人系

└人間、ゴブリン、犬人、猫人、エルフ、角エルフ、異世界人

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 そこには「鬼」との遭遇は記録されておらず、代わりに「異世界人」という項目が追加されていた。

 この「異世界人」が「人間」とは別種族な辺りも若干気になるんだけど、まぁそれはいいや。


 僕自身も異世界人ではあるけど、前に見た時は絶対に図鑑には載ってなかったはずだ。たぶん、自分自身はカウントされないんだろう。

 ではこの「異世界人」にいつ会ったのかと言えば、クラスメイトの「角エルフ」と会った後、つまり学校に入学してから、ということになる。入学式の少し前に見た時は記録されてなかったし。

 ということは、遅くともこの7日間で見かけた……というか、まず間違いなく、あの鬼の人が異世界人だったんだろう。


〈なるほどですわ。でしたら、あの鬼の方は329番さんと同郷ですのね〉


 うーん、別の異世界かも知れませんよ。

 うちの世界に角のある人は、たぶん居なかったと思いますし。


〈それでも会いに行きますの?〉


 さっき聞いた話だと、別に人を襲うわけでもないんでしょう。

 僕と同じように女神に異世界から連れて来られた人なら、訊きたいこともあります。


 そうそう。ちょくちょく忘れるんだけど、僕達はこの世界に送り込まれる時に、女神から依頼というか、指令を受けていたんだよね。

 魔王を倒せっていうの。

 誰に聞いても、魔王なんか知らないって言うんだけど。


〈ううん……女神様が仰るなら、近い内に現れるのでしょうけれど。

 特にそのような噂も聞いたことがありませんわよ〉


 その辺も、同じ異世界人なら聞いてるかもなと。

 魔王討伐に参加するかどうかは別として、話だけは聞いておいた方が良いと思います。

 僕達の時は詳しい話は全然聞けませんでしたからね。たぶん僕のせいで。



 そんな話をしている間に、昨日鬼の人と会った辺りに到着したんだけど。


〈あら。何ですの、これ?〉


 木々の間に昨日はなかったはずの、巨大な丸太のような物が転がっている。

 質感は蛇の鱗みたいな感じで、高さは2メートルくらい、長さは10メートル以上あるかな。

 乗り越えるにも表面がつるつるしてるし、上部に棘みたいなのが生えてて危なそう。


 これが何なのか大体予想がついたので、僕は静かに後退りを始めた。


〈何なんですの? キノコがびっしり生えた木かしら?〉


 蛇ですよ蛇。8本角の。


〈えええええ!! た、大変ですわ!!!

 逃げてください、329番さん!!〉


 はい、今まさに駄目元で逃げてる所で……って、あれ。


〈きゃあああ!! へ、蛇の姿が消えてゆきますわ!!

 何処から来るかわかりませんわ!!!〉


 そんなカメレオンみたいな能力じゃないですよ、これ。

 ほら、蛇が消えた辺りを見てください。


〈ひえええええ!! 牙ですわ!! 鋭い牙だけが見えてますわ!!〉


 じゃないですよ。


「ドロップアイテムでしょう、これ」

〈えええええ…………え、ということは、蛇さんは……お亡くなりに?〉

「運が良かったわ」


 消えた蛇の向こう側から返事があった。

 姫様の言葉ではなく、僕の言葉にだ。


 僕はその姿を見て驚いた。

 わりと、結構、いや、相当、驚いたと思う。


「こんな大物のドロップアイテムが手に入るなんてね。使い道は知らないけれど」


 頭に角の生えた人がいる。


「久しぶりね」


 と相手が言う。


〈まあ! お知り合いの方ですの? でも角が生えてますわよ〉


 この前会った時は生えてなかったんですよ。


「え、山本さん?」


 あの日、一緒にこの世界へ飛ばされた同郷の人の頭に、角が3本も生えていた。

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