075. リスリースッ!!

 入学式から数えて7日目、最初の休日。

 僕は遊ぶ金欲しさに冒険者ギルドを訪れた。

 学費と生活費は大司教様に払ってもらえるけれど、それ以外は自前だし、貯金だって少しはしておきたい。


 朝のラッシュ時間帯を避けてきたけど、王都のギルドは相変わらず仕事も多い。


〈ギルドのイチオシは、国境線への護衛依頼ですって〉


 姫様が依頼の貼られた掲示板を見て仰る。

 学院がお休みなのに、姫様は制服姿だった。

 霊体を調整するきがえるのは意外と面倒臭いらしい。


 おーすごい。この依頼、護衛依頼なのに条件がゆるすぎる。未経験可、戦闘スタイル問わず、随時募集。報酬も旨い。

 問題は拘束日数が長いんですよね。平日は学校ありますからね。


〈それもそうですわね。残念ですわ……〉


 とはいえ、王都に来てから常設の採集依頼しか受けてないし、護衛はともかく、そろそろ実力に見合った討伐依頼を受けても良い頃だ。


 討伐系の対象は、えぇと……、

 8本角の蛇、3本角の鬼、1本角のリス。

 リスにしよう。


 この蛇とか鬼とか、2ヶ月以上前から残ってるよね。

 王都の冒険者の怠慢なのでは?


「おい、そこの平民!」


 と、突然ギルド内に響いた大きな声に、僕を含めた周囲の大半の人がそちらを振り向いた。

 冒険者なんか9割以上は平民だからなぁ。


「貴様だ、黒髪の」


 その中でも黒髪の平民は僕1人だったし、相手は僕の知ってる人だった。


〈あら! 同じクラスの、斧使いのカマセーヌさんですわ!〉

「あ、こんにちは」


 クラスメイトの中では一番多く会話したのが、このでかい斧を持った貴族の人だ。つまり、彼は相対的に一番仲の良い相手だと言っても過言じゃない。


「貴様、討伐依頼を受けるつもりか」

「ですです」

「お、おう、何だその距離感……まぁそこは許す。だが、もし貴様が蛇退治の依頼を受けるつもりなら、やめておけ」

「あ、はい」


 リス駆除の予定なんで大丈夫です。


「今は、戦闘が売りの冒険者達が指名依頼で出払っていてな。高難度の討伐依頼が余りがちなのだ」

「結構前から出てますよね、蛇とか鬼とか」

「そうなのだ。この俺様も、何度か直々に討伐へ出向いてはいるのだが……奴、あの蛇は強い」


 リス駆除を目指す僕にはあんまり関係ないのだけど、聞けば、8本の角を持つその蛇は、全長11メートル、巨大な鋼鉄の斧でも切断できない硬い鱗、高濃度の毒と何らかの感知能力を持ち、人の頭を噛み砕き、締め付けで樹をへし折り……って、僕には当座関係ないし、見掛けても全力で逃げるからもう良いんですけど。


「ちなみに、鬼の方はどうなんです?」

「知らん。俺様は遭ったことはないな」


 えええ。温度差。


〈見付けたら図鑑に載りますわよ!

 珍しい魔物の情報は自慢できますわ~!〉


 いや、自分から探しにとかは行かないですよ。絶対。




 そんなこんなで、王都近くの山。


「リスッ!」

「リスリースッ!!」

「吹き飛べ」

「リースーッ!?」


 リスは樹上からの投擲攻撃しかしてこないので、武器を振り回して当てるのは難しい。

 けれど、冷気の魔法で適当に冷たい風を起こすと、1本角のリス達がぽろぽろ地面に落ちてくる。後は杖を竹槍に持ち換え、


「リ、ズゥ……」


 ちょんと突つけばおしまいだ。

 リスは森の恵みを荒らすとか何とかの、猛獣枠ではなく害獣枠の討伐対象なので、単純な戦闘力ならウサギより弱い。

 ギルドメニューで依頼対象の討伐数を確認すると、今のでノルマを達成したらしい。


〈お見事ですわ! もう冷気魔法も使いこなしてますわね〉


 ありがとうございます。

 姫様オススメの氷の棘(※たぶん。「シュキーンッ、ジャグジャグッ」という擬音説明なので確証はない)は難しいので、冷たい風の出力を上げる方向にしてみたら、こごえと風力でリスを落とせる程度にはなった。

 殺傷力が必要なら、弓でいいんだよ。ガチャアイテムの弓は矢が無限に出てくるので、経済的にも優しいし。


 じゃあ帰りますかね。

 ついでに受けてた薬草採取も済んでるし、ドロップアイテムの売却と合わせれば、1週間のおやつ代にはなるんじゃないかな。


〈宿に帰るまでが冒険ですわよ。

 噂の鬼が出るか蛇が出るか、高ステータスのゴブリンが出るかも知れませんわ!〉


 ですね。出たら全力で逃げましょう。

 なんてことを話していると、


 パキッ


 と小枝を踏み折る音がして、僕は何の気なしに振り返った。

 木々の間の薄暗がりに、人影。

 頭に角が3本生えている。


〈あらまあ! 鬼さんですわ!!!〉

「わーっ!! すみませんお邪魔しました、帰ります!!!」


 僕は逃げた。


 鬼は亜人ではなく、人型の魔物だ。

 しかし、亜人であるゴブリンよりも話が通じるらしいので、謝って逃げれば見逃してくれるといいなぁ!



 姫様とわーきゃー叫びながら走って逃げていると、


〈329番さん、鬼さんは追ってこないみたいですわよ!〉


 後ろを警戒していた姫様から報告があり、僕はようやく足を止めて座り込んだ。疲れた。

 ぜーぜー言いながら水筒を取り出し、水分を補給する。むせた。


〈うふふ、やりましたわ!

 これで鬼のデータが図鑑に表示されますわよ!

 早く見せてくださいませ!!〉


 ………もう少し、休ませてもらえます?



 2、3分休んだ僕は姫様に催促されて、ギルドメニューから「図鑑」タブを開き、中身を確認する。

 この「図鑑」タブでは、ギルド証を持った人が相対した種族のリストが表示され、種族名を選択すればちょっとした解説を見ることもできる、たまに見る分には面白い読み物機能だ。

 図鑑を埋めるために冒険をする冒険者も結構いるらしく、王都の冒険者ギルドでは、遠征帰りの冒険者達が図鑑の内容でマウントを取り合う光景もしばしば見られる。


 雑草や雑木は「植物」と纏められてたりするけど、魔物や亜人なら一応種族ごとに表示される(※純血の獣人と半獣人が纏められたりはする)ので、新しい種類が増えると、ちょっと嬉しい。

 あとまぁ、危険な外来種を発見した報告にも使える場合があるとか。


 えぇと、鬼は亜人じゃないけど人系で良いんですかね。

 人系は王都に来てから結構増えてるはずですよ。

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■図鑑

▼人系

└人間、ゴブリン、犬人ライカン猫人フェルパー、エルフ、角エルフ、異世界人

▼獣系

└ウサギ、ムサボリオオウサギ、オオカミ、キツネ、タヌキ、イヌ、インテリヒツジ、リス

▼空系

└タカ

▼霊系

└亡霊、ヤングゴースト

▼物系

▼その他

└植物、果実、薬草、解毒草、解熱草、気付草

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 んん。いないな。鬼。


〈いませんわね……獣系にも、その他にも……〉


 インテリヒツジ、亜人なのに獣系なんですね。

 獣人は人系なのに……って、あれ。何だこれ。


〈あら………異世界人?〉


 こんなのありましたっけ。

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