059. 僕に憑いていた亡霊のお兄さんは、この世から完全にいなくなったらしい

 畳みかけるようなお金の話を伝え終えた時には、脚装備の【靴:竹編み靴+1】は片面が罅割れていた。これ大丈夫なの?


〈それと、最後にあと2つ〉

「最後にあと2つ!」

「多いな……」


 ネイサン君も疲れて来たのか、戸を打ち付ける勢いが遅くなってきた気はする。


「僕も多いとは思いますが、お兄さんの最後の言葉ですからね」

「死ぬ直前の人に、そんな長い遺言残す余裕があるわけないだろ、嘘きの不審者め」


 実際、死んだ後のリアルタイム遺言だからね。


〈町の衛兵は、殺人鬼でも出たら命に関わる仕事だし、この町の衛兵なら別の理由でドカンと死ぬこともあるからね。自分が死んだ後の制度を調べたり、考えたりしてる人は多いよ。

 それを死ぬまで家族に伝えてないんじゃ、本当なら何の意味もなかったけどさ〉


 はたで見ていた先輩衛兵の亡霊、プレタさんが言う。

 モッコイさんはバツが悪そうに苦笑した。


 足が痛いので後にしましょう。


 亡霊からの遺言は、こう続く。


〈ネイサン。お前は、俺が死んだから急いで働いて妹を養おうと思ってるだろ。

 でも年金が出るんだ、別にそう急ぐ必要はないぜ。初等学校はきっちり卒業して、それから考えろ。

 奨学金を貰って、大きな街の高等学校に行くのでもいい。その時は家を引き払って、アニーも連れていけ。別にこの家、この町にこだわる必要もないからな〉


 「とのことです」と、僕は同時通訳で以上の伝言を伝えた。


「だから……っ! 遺言が長過ぎるだろ! 適当なこと言いやがって!!」


 僕も君の立場ならそう思うと思うよ?

 でもこれ本当に言ってるからね!


 と。


「ネイサン兄ちゃん? お客さんでしょ?」


 玄関を入ってすぐの部屋、その奥の戸の陰から、小さな女の子の顔が覗いた。


「どうしたの、何か怒ってるの?」

「アニー、出てくるなっ! 顔を見せるな!」

〈アニー! お前も元気だったか!〉

〈きゃー、可愛いですわー!!〉

〈顔はモッコイには似てないね〉


 あ、良かった、会えましたね!

 モッコイさん、妹さんに伝言あります?


〈おうそうだ、アニー、誕生日祝いが遅れてすまん!

 お前の誕生日に合わせて、新しい帽子を作ってもらってたんだ。金は払ってあるから、後で仕立て屋に取りに行ってくれ! 引換証が食器棚の隠し天板に入ってるから、ネイサンと一緒にな!〉

「えぇと、アニーさん。モッコイさんから、お誕生日祝いのプレゼントがあるそうです。

 食器棚の隠し天板に引換証が入っているので、ネイサン君と一緒に仕立て屋に取りに行ってください、とのことです」

「へ? モッコイ兄ちゃんから?」


 伝言は以上ですね! 多分足が腫れてるので、早く引っ込みたいです!


〈おー、ありがとな! もういいぜ!〉

「はい、では伝言は以上です! さようなら!」


 僕はサッと足を引き、その途端に引き戸が音を立てて閉まった。

 通報される前に逃げよう。



〈しっかりした子達じゃんか、モッコイ。初対面の不審者を簡単に信用しないのがいいね〉


 話している内に不審者扱いはされたけど、黒髪黒目を見ただけで悲鳴を上げて逃げなかったのは評価高いですね。


〈2人とも可愛かったですわ! わたくしもお話したかったです!〉

〈へへへ……自慢の弟、自慢の妹っス〉


 皆に弟妹を褒められ、モッコイさんは自慢気、満足気に笑った。


 そうして本当に満足したのだろう。

 薄らとしていた霊体が、陽の光を弾く水面の様にキラキラ光り始めた。


〈おお。これが未練がなくなる、って感覚か〉


 霊体が端から風に散らされるように―――消えて行く。


 本当に、すぐ居なくなるんですね。

 消え始めたらあっという間だ。既に下半身は光になって散っていた。


〈ありがとな。お前のお陰で、あいつらの顔も見れたし、言いたいことは全部言えた〉


 どういたしまして。他に何かして欲しいこととかありません?


〈もう大丈夫だ、後は2人でやっていくだろ。俺の弟と妹だからな〉


 顎まで、口までが消えた。モッコイさんはもう何も言わない。


 周囲には誰もいないし、いても気にする必要はないだろう。


 目と耳が残っている内に、急いで手を振った。


「さようなら」


 そう言ってから数秒後。彼の死からは26日後だ。

 僕に憑いていた亡霊のお兄さんは、この世から完全にいなくなったらしい。

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