036. あわわわわ……何だか急に喧嘩が始まってしまいましたわ!

「ラヴィ!」

「な、メイドだと! 何処から現れた!?」

「私は最初からお嬢様の傍に控えていたぞ」


 わたくしに触れようとしたサンゾックさんに、黒刃のナイフを突きつけて止めた者。

 それは、気配を消して周囲の空気に溶け込んでいたラヴィでした。


 ラヴィの隠密技術は、我がバクシースル家の中でも髄一と言われていますの。

 わたくしも、ついさっきまで会話していたはずなのに、存在を忘れていましたわ!


「お嬢様。この者はお嬢様に不埒なことを働こうとしておりました」

「何ですって! 本当なの、サンゾック!」

「ちっ、バレちまっては仕方がねぇ!」


 サンゾックさんはラヴィがわたくしとの会話に神経を集中させている内に、その刃から逃れて距離を取ります。


「さっきは不意を突かれたが、正面からやり合やぁ、たかがメイドに後れを取るか!

 手足を圧し折って大人しくさせたら、御主人様と並べて使ってやるぜ、ゲッヘッヘ」

「ふん、愚か者め。盗賊風情が、お嬢様のメイドたるこの私に敵うつもりか」

「いくぞオラァッ!!」

「死ね、下郎!!!」


 あわわわわ……何だか急に喧嘩が始まってしまいましたわ!


 ラヴィの投げナイフが3本、6本、9本と宙を切り裂き、サンゾックさんの振り回す鶴嘴がその半数程を打ち落としつつ、ラヴィに向けて振り下ろされます。

 ラヴィはナイフの柄を鶴嘴の側面に当てて逸らし、そのまま逆の手でサンゾックさんの利き腕を斬り付けます。

 サンゾックさんは筋肉を隆起させてナイフの刃を止め、素手でラヴィを殴りつけようとしますが、ラヴィは新しいナイフを取り出し投げつけながら跳び下がります。


 サンゾックさんが一方的に傷付いていってますわね……流石はわたくしのラヴィですわ!


「ぐぅ……何だこのメイド、強すぎる……」


 身体のあちこちに刺さったナイフを抜きながら唸るサンゾックさん。

 何処かから両手に3本ずつのナイフを取り出し、追撃を仕掛けようとするラヴィ。


 ううん。このままでは鉱山奴隷――すなわち、他領の財産を損なってしまいます。

 わたくしはラヴィを止めることにいたしました。


「ラヴィ、もう良いでしょう」

「はっ!」


 ナイフを投げる寸前だったラヴィは、わたくしの一言で戦闘態勢を解除し、ナイフも何処かへ仕舞ってくれました。


「嘗めやがっ」

「静まれぇッ!!」

「なん」

「静まれ静まれぇッ!!!」


 何か言い掛けたサンゾックさんを食い気味に制し、ラヴィは懐から、わたくしが預けていた【時計:領主の懐中時計】を取り出しました。


「この家紋が目に入らないか!」


 亡くなったお父様のドロップアイテムの時計。

 そこに刻まれているのは、我がバクシースル家の家紋。

 わたくしは、その愛おしくも切ない、鈍い黄金きんの光に……一瞬、呆けてしまいました。


「ここにおわすお方をどなたと心得る!

 畏れ多くも天下に名だたる美貌を持ちながら慈愛の御心を兼ね備え!

 曇り無き信仰で遍く民を照らす、見ているだけで誰もが笑顔になる幸せの化身!

 バクシースル男爵家の御令嬢、シジュー…」

「ラヴィ、ラヴィ! 恥ずかしいからやめて頂戴!!」

「はっ、お嬢様!」


 あああ! ぼんやり聞いていたら、また変な紹介を始めて!

 初対面のサンゾックさんがドン引きですわ!!


「ば、バクシースル……だと? ま、まさかあのバクシースルか!!?」

「どのバクシースルかは判りませんが、わたくしはラビットフィールドの町のバクシースル家の者ですわ」

「あのガチャ狂いの!? 何でもかんでもガチャを回させて爆死させるっていう……!」


 あらら。またこの誤解が広まってるんですわね。


「何でもかんでもではありませんわよ。

 罰金が払えるなら罰金で済みますし、強制労働で払えそうなら強制労働ですし。

 確かに他所の領より、ガチャ刑の執行数は多いですけれど」


 盗賊はガチャを回すこともなく死罪ですし。

 きちんと裁判もしているそうですし、そんな、何か気に入らないことがあったらガチャを回させるような言種は酷いと思いますわ。


「も、申し訳ございません!! が、ガチャだけはご勘弁を……!!

 いやだ、頭が爆発して死ぬのは嫌だぁ!!」


 サンゾックさんは随分怯えた様子で、地面に這いつくばって頭を擦り付け始めました。


 この数日で何度も見た光景ですわね。

 うちの領はどれだけ他領の方に怖がれれているのでしょう……。

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