035. ゲッヘッヘ……俺様はサンゾック、名前くらいは聞いたことがあるだろう

 労働時間を終えて坑道を出てしまいますと、その日の成果を官吏の方にお渡しして、後はそのままタコ部屋に戻り、パンの欠片と薄いスープを掻き込んで寝るだけです。

 ですので、その前に坑道の中で一休みするのが、わたくしの日課ですの。


 わたくしは半球兜ヘルメット鶴嘴つるはしを床に転がし、ラヴィの用意した折り畳み椅子に腰掛け、ラヴィの用意した水筒から直飲みでお茶をいただいておりました。


「労働の後のお茶は美味しいですわ!!」

「お嬢様、御ぐしが乱れております、が……これはこれで、普段とはまた違う色気がございますね」


 ラヴィは何処からか取り出した櫛と油を、そのまま何処かへとしまい込み、何やら熱心に頷いております。ラヴィはわたくしのことが大好き過ぎますので、褒め言葉は話半分で聞き流すのが正解なのですわ。


「ゲッヘッヘ、優雅なもんだねぇ嬢ちゃん」


 そこへ、初めて見る髭面の鉱山奴隷が近付いていらっしゃいました。新人さんかしら?

 でしたら、わたくしの初めての後輩ですのね! 後輩には優しくしてあげませんと!


「ごきげんよう。新人さんですの?」

「新人さんってかぁ、ゲッヘッヘ……俺様はサンゾック、名前くらいは聞いたことがあるだろう」

「サンゾック……というと、この辺りを荒らしまわっていた盗賊団の首領ですわね」

「おうよ、泣く子も黙るサンゾック盗賊団のサンゾック様とは俺様のことよ!」


 お父様が言っていたのを聞いた覚えがありますわ。街道で商人の馬車を襲ったり、近隣の村を襲ったりして、金品や女性を奪っていた悪いやつですわね!

 わたくしは水筒を持っていない方の手を作業着の襟元に差し入れ、首から下げた護符杖を握って臨戦態勢を取ります。


「嬢ちゃん、何やってこんな所に入れられたのか知らねぇが、別嬪さんだねぇ。鉱山でこんな上玉に会えるとは思わなかったぜぇ」

「あら! ありがとうございます!」


 と思ったら、うふふ、初対面の殿方に褒められましたわ! 奴隷の皆様は良い方ばかりです!

 ラヴィやお父様、お兄様には言われ慣れてしまいましたが、初対面の方に褒められると嬉しいですわね!


 ひょっとしてこの方、顔が怖いから誤解されていただけで、案外良い方なのでは?

 そういえば、バクシースル領では捕えた盗賊は全員縛り首と決まっていますけれど、鉱山送りで済むのでしたら、それほど悪いことはしていないのかも知れませんわね。


「このまま隙を見て脱走しようと思ってたが……。

 ゲッヘッヘ……その前に、この女だけ頂いちまうかぁ」


 サンゾックさんは、何と言えば良いのでしょう、ねばついた? 不気味な? ううん、失礼ですわね……少々、そう、不思議な笑顔で両手を構え、指をわきわきと動かしながら歩み寄っていらっしゃいました。

 わたくしに触れるおつもりでしょうか? ううん……正直に言いますと、臭いも酷いですし、生理的に気持ち悪いですわね……。

 でも悪い方ではないようですし、後輩には優しくしてあげたいですし……。


 その太い指が、今にもわたくしの肩に触れようかという所。


「そこまでだ、退け下郎!」

「ぐっ……! な、なにやつ!!」


 サンゾックさんの首元に、光を弾かない黒い刃物が添えられていました。

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