020. ◆サンジューワ=デ=バクシースル司教男爵
ラビットフィールドの町を擁するカタロース王国は、絶対者たる王の下、行政・司法・宗教の三権分立をもって、地方領土の安定を保っていた。
その点、このラビットフィールドの町は特殊な場所と言える。
ウサギ溢れる草原を開拓するための最前線として、ほんの10年程前に作られた町は、町単体で1つの領地という扱いになる。
開拓村が軌道に乗れば広大なラビットフィールドもその領地に組み込まれるが、ひ弱な
幸い、ヒフキダイダラウサギが町に近寄ってくることはないが、日常から徒歩で半日程の距離には、彼等の巣穴が隠れている。死が隣り合わせの町、それが平和なラビットフィールドの町の本当の顔だ。
そんな領地の住民を手早く纏めるため、10年前にこの地へ領主として送られたのが、三権の内の2つ――司法と宗教を持たされた、事実上の絶対権力者。
サンジューワ=デ=バクシースル司教男爵だった。
ラビットフィールドの町を治める領主、バクシースル司教男爵は静かに憤っていた。
「……つまり、その下民が神聖な儀式の途中に乱入し、女神様を冒涜し、儀式は失敗に終わったと」
「はっ、いえ、冒涜とまでは……奴もガチャを回し、女神様からの賜り物を授かりましたので、儀式としてはむしろ初の成功と言えるのではないかと……」
薄暗い執務室で領主に報告を行っていたのは、公開ガチャ刑執行ショーで司会をしていた男だった。
「本来回されるはずだったガチャが、2度分も回されなかったのだ。冒涜でなくて何というのか。失敗でなくて何というのか」
低く冷たい声で、彼の
司会の男は
名目上、ガチャ刑は「強制労働や罰金で弁済費用を賄えない者に課す刑罰」「スキルを持つ人材やガチャアイテムの確保」「女神への信仰を示す儀式」の3つの意義を持つ。
しかし、領主にとっては3つ目、宗教的儀式としての意味合いしか持たなかった。
単なる刑罰としてなら、王国法では死刑や禁固刑、奴隷落ちも認められているし、こじつけのような罪で受刑者を増やす意味はない。
愚にもつかない身内の揉め事を大袈裟な罪として数えたり、用事もなく馬車で町中を彷徨き、たまたま馬車の進行先を通った子供を不敬罪として捕らえたり。
また、領主はガチャによって得られるスキルやアイテムにも興味はなかった。99%の爆死を乗り越えても、得られる大半は役に立たない
領主自身は、
だからこそ、親や兄弟の持っていた
「引かれなかったガチャは2回だったな」
「は、はいっ」
元々の予定にあったガチャ回数は8回、実際に回されたガチャも8回。しかし、領主にとってそんなことは関係ない。
ガチャ結果の99%は爆死。これはつまり、女神が宝玉の奉納と共に、命を捧げることを望んでいるのだと、その信者や宗教学者は考えていた。
実際は単なる設定ミス―――というか、ハズレとして「爆死」を実装する際の動作テストで直値を書き換え、「99%爆死」の設定にした
「2回か……ふむ。時に貴様、確か、子供は3人いると言っていたな」
「えっ? は、はいっ、それが…………ま、まさか!?」
「今日の夕暮れまでに、2人連れてこい。別れの時間は取ってやろう」
「そんな!! ど、どうかご容赦を……別の、なんとか別の子供を2人、連れて来ますので!!」
「ほう? では貴様の子が2人と、その別の子供とやらで4人か。宝玉は用意させておこう」
そうして司会の男は、それ以上の抗弁の無意味さを。
否、抗弁による被害の際限ない拡大を悟り、震えながら部屋を後にした。
「おい、誰かいるか!」
「はっ、司教男爵閣下!」
領主が呼の呼び声に、すぐさま別の役人が現れる。
「ガチャ用の宝玉を1200、用意しろ」
「承知いたしました!」
ガチャを回すには拳大の宝玉を300個、ガチャメニューから捧げる必要がある。開拓基地であるラビットフィールドの町には大きな産業はない……と住民は思っているが、この土地には、他にはない貴重な資源があった。
そう、ウサギだ。
何も知らない住民が、畑仕事や散歩のついでに狩ったウサギの毛皮を町で集積し、独自のルートで他国に売り捌けば、高級衣料素材として町には莫大な金が入る。
それは当然、ガチャ費用の出所でもあった。
「それと、もう1つ」
ふと思い付き、領主は役人を呼び止める。
「はいっ、何なりとお申し付けください!」
「祭で行われたガチャ刑の儀式を邪魔した男がいるそうだな……」
そう言って領主、サンジューワ=デ=バクシースル司教男爵は陰惨な笑みを浮かべ―――ちょっとした計略の指示を出すのだった。
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