第77話 とうきょう
途中までは一緒だということで、早谷家と一緒に博多駅まで来た俺たちは、新幹線口で分かれることとなった。
俺と春風はのぞみで博多まで、早谷家は九州新幹線で鹿児島まで。今日はお盆休みの初日ということで、どこも人でごった返している。指定席ももちろん取れなかったので、おそらく東京までは立ちっぱなしだ。
ちなみにエドワードは一足先に行っているそうなので、東京駅で待ち合わせだ。
「――じゃあ、今度こそ頑張ってね」
「うん」
駅の改札口を抜けたところで、俺と三久は別れの言葉を交わす。最後にちょっとだけイチャイチャしたかったが、朝もしっかりやったし、『おまじない』もかけてもらったので、ここは手短に済ませないと。
「兄さん、そろそろ時間よ。乗らなきゃ」
「わかった。……じゃあ、行ってくる」
「……うん」
慎太郎さんと三枝さんにも挨拶をして、俺は春風とともに新幹線の中へ。車内はやはり通路までぎゅうぎゅう詰めだ。
「まったくもう、兄さんの思い付きで私は散々よ」
「悪いな。俺のわがままに振り回して」
「……いいわよ、別に。私ばっかり兄さんを困らせてもフェアじゃないし、まあ、今回ぐらいは? 許してあげなくもないっていうか」
「そっか。ありがとうな、春風」
「……いちいち頭撫でなくていいから。恥ずかしいでしょ」
つん、と唇を尖らせて頬を赤くする妹がかわいい。
思えば、こっちに来たときと帰る時で、俺と春風の関係はすっかり逆転してしまった。まあ、元から春風は俺のことを慕っていたので、それを春風が隠さなくなっただけなのだが。
滝本家とは縁を切るが、春風とはまたこうして付き合いを続けたいと思う。
その後、自由席のデッキで立ち続けること、約五時間。時々春風の持ってきていた大きなトランクを椅子替わりにして、無事、足が棒のようになる前に東京駅へとたどり着くことができた。
「……久しぶりだな」
東京駅のホームに降り立った瞬間、ふと、そんな呟きが漏れた。
俺がここを後にしてまだ三か月も経っていなかったはずだが、もう何年も帰っていないような気分だ。
遊びや観光、帰省もしくは仕事――様々な目的をもった人々が一同に集まるこの場所は他と比べても桁違いの人混みで、圧倒されてしまう。
以前はこれが普通で、俺もこの中の一部を構成していたはずなのに。
この二か月半で、どうやらすっかりと九州の田舎暮らしに染まってしまったらしい。
久しぶりの地元だが、懐かしさは不思議と微塵も感じなかった。しばらく空気の澄んだ場所にいたこともあってか、久しぶりの東京は、どことなく空気が悪く、じめっとした嫌な暑さが漂っているように感じた。
「……大丈夫?」
「少し、気持ち悪いかもしれない」
「じゃあ、ちょっと遅くなるかもしれないけど、どこかのカフェで休憩しましようか。エドワードにも連絡しておくから」
エドワードが迎えに来るまでということで、いったん俺たちは駅前のカフェで一休みすることに。
冷房の効いた室内に、冷たい飲み物――だが、しばらく休んでも、一向に額から吹き出す汗が止まらない。胸からこみ上げる吐き気がおさまらず、ずっとそれを我慢していたのだ。
おそらく長旅の疲れや人に酔っただけではない。
明らかに、俺は緊張していた。
久しぶりに会う父親、母親、そして悠希兄さん。いったい、俺を見てどんな顔をするのだろうか。
一度追い出した人間を、再び、どんな顔をして迎え入れるのだろう。
「スイマセンお待たせしました……遥さん、体調がすぐれないようですね。酔い止め、飲みますか?」
「いや大丈夫。すぐに治めるから」
いったん胃の中のものを吐き出してすっきりさせてから、俺はエドワードが寄こした迎えの車に乗り込んだ。
大丈夫だ。家族がどんな顔をしようと、俺が言うことはもう決まっている。
『俺はあっちでおばあちゃんと一緒に暮らすから、これ以上構わないでほしい』
それで、さっさとおさらばすればいいだけの話だ。何も怖がることはない。
「? フウ、どうしたの? ほら、早く乗って。君も一緒に連れて戻るように、お義父さんからは言われてるんだから」
と、荷物などをトランクに全て詰め終え、後は春風をのせて出発ということころで、春風が電話で誰かと話しているのが目に入った。
「え?? それ超面白そうじゃん。いいな~、で、今どこにいんの? へえ、そうなんだ~」
なんだか楽しげに笑っているから、おそらく、学校の友達か何かなのだろう。
五分ほどだろうか、少し談笑してから俺たちのもとに戻ってくると、春風は俺たちに向かって悪びれもせずに言う。
「ごめん、エドワード。私、今から友だちと遊びに行ってくるから、兄さんと私の荷物だけ持って行ってくれる?」
「え……?」
「は??」
突然の予定変更に、俺とエドワードは思わず呆気にとられる。
これまでずっとなりを潜めていたはずのわがままが、東京に戻ってきたことによって一気に顔を出し始めた。
「いやいや、こっちの友だちとの用事なんか後にしなよ。明日以降でも平気でしょ」
「は?? アンタが口答えしないでくれる? じゃあ、私は今から友だちと待ち合わせだから」
「あ、ちょっとフウ――」
「じゃあね、兄さん。私は夜ぐらいには戻るから」
エドワードが呼び止めようとするも、春風は人混みの中をすいすいと通り抜け、駅の中へと姿を消してしまった。
「ったくもう、これだから世間知らずのお姫様は……仕方ない、僕たちだけでも先に行ってしまいましょうか」
「ああ、俺は構わないよ」
もともと春風の助けを借りようとは思わないので問題ない。
これは、俺一人で解決しなければならないのだから。
エドワードの使用人だという人の運転で、俺たちはまっすぐ滝本家を目指す。渋滞がなければ、三十分ほどで家には着くだろう。
外を流れる風景は見ない。見ると否応なしに徐々に実家に近付くのがわかってしまうから。
「……ふう、」
小さく息を吸い込んで気持ちを落ち着けつつ、俺はスマホに目を落とした。
三久は今ごろ何をしているのだろう。博多から鹿児島までは一時間半もあれば新幹線で着くから、おそらく三枝さんの実家で、練乳のたっぷりかかったしろくまを食べているだろう。
そう、できるだけ三久のことを考えていればいいのだ。これを乗り切れば、恋人と夏休みの続きを楽しめると信じて。
「――遥さん、着きましたよ」
「うん、ありがとう。……じゃあ、行こうか」
車を降りて、俺は改めてその家を見上げた。
滝本家。父方の祖父から譲り受けたと言う土地は広く、俺が生まれる前に建てられた三階建ての家屋は、近所と較べても一回り二回りも大きい。
そんな豪邸といっても差し支えないような家で俺は生まれ、そして、辛い日々を過ごした。
「はい、今玄関の前に……わかりました、ではそのように。……遥さん、鍵は開いているそうなので、そのまま入っていいそうですよ」
「……わかった」
春風の荷物を運んでくれるエドワードを待ってから、意を決して門のドアに手をかけたその時、
「――よう、遥。久しぶりじゃないか」
「……その声は、」
忘れるはずもない。
耳に未だにこびりついて離れない、俺を小馬鹿にしたような口調――車椅子にのった悠希兄さんが、まるで待ち受けていたかのように、一階の車庫から姿を現したのだった。
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