第75話 けつだん 2
「父さんが、本当にそう言ったのか?」
エドワードから伝えられた父さんからの言葉に、俺はそう訊き返した。
俺を実家へと連れ戻すにあたって、三久は父にとって邪魔な存在のはずだ。以前の電話で、三久は父さんのやり方を真正面から否定しているし、それに、自分の息子や娘ではない――『管理』できない存在を父が許すはずがない。
「実際にこの耳で聞いたわけではないですが、指示にちゃんと書かれていますからね。証拠として残っている以上、言ったと解釈して構わないでしょう」
スマホ画面には、確かにそう言った記述がある。
「お義父さんとしても、今回の件と天秤にかけた判断だったのでしょう。それぐらい、今のあなたは必要とされているのです。悪い話じゃない、と僕は思いますがね」
普通に考えれば、そうかもしれない。
兄がこういう状況だから、俺がもし帰っても、父が俺のことを蔑ろにすることはないだろうし、一時的に遠距離恋愛となってしまうが、三久とは連絡を取り合うことができる。
追い出されてしまったとはいえ、家族は家族。だからこそ、助けなければならない――
と、そう考えたかもしれない。昔の俺だったら。
「ふざけるな」
俺ははっきりとそう口に出した。
「それが、アナタの返答ということですか?」
「ああ。俺の答えはこれからもずっと変わらないよ」
そう言って、俺はエドワード――いや、その向こう側の父に向かって宣言するように続ける。
「俺はもう滝本家には戻るつもりはないよ。ずっとこっちで暮らす」
「大学のほうはどうするんです? 去年落ちた大学、また受けるのでは?」
「受けないよ。こっちの地元の国公立大学を受験するつもりだ」
「「え――」」
乃野木さんも三久も『そんなの初耳なんだけど』と言う顔で驚いているが、それも当然だ。このことは知っているのは、担当講師である岩井さんしかいない。
この時期の志望校変更だが、東京の大学よりは若干偏差値は落ちるので、今まで通りやっていけば、特に問題はないだろうとの判断だった。
二人にはもう少ししてから打ち明けるつもりだったのだが。
「元々父さんに言われて受けただけの大学だ。試験に落ちて悔しいだなんて思ったことは一ミリもないし、未練もない。それに、何より――」
俺は、この話の最中もずっと、隣に寄り添って俺のことを支えてくれている三久の頭を撫でた。
「約束したからな。もうこれ以上、三久の前からいなくなったりしないって」
「おにちゃん……」
父さんが三久との交際を認めようが認めまいが、実家に戻った時点で約束を破ってしまうことになる。
情けないことだが、俺にはもう三久が必要な体になってしまっている。声だけ聴ければいい、無事なことだけわかっていればいいなんていうのは嫌だ。
三久には、いつだって俺のそばにいて欲しい。こうして頭を撫でて、抱きしめてやれる距離にいて、いつも三久の体温を感じていたい。
年下の女の子にそれだけ甘えて情けないかもしれない。わがままなのかもしれない。だが、それでも今のこの状態が、俺にとっては一番なのだ。
だからこそ、俺は父さんに『NO』を突きつける。
俺はもう父さんの、滝本家の都合のいい駒ではないのだから。
「……ま、兄さんからすれば当然の判断よね。あの人からすれば、兄さんが実家に帰ってくればこっちのもので、いくら
あまり考えたくないことだが、父さんならやりかねない。俺と三久が恋人同士ということであれば、俺ごと三久を滝本家の事情に巻き込んでしまえばいいと。
悲しいが、それが、父さんの言う合理的判断というやつなのだ。
「なるほど、そうなると困るのは僕ですね……お義父さんや家族から『連れ戻せ』と命令を受けてしまった以上、このまま手ぶらで帰るわけにはいかないし」
「ふん、そんなの全部アンタの自業自得じゃない。私たちにはそんなのしったこっちゃないわよ」
「またそんな人ごとにみたいに――そもそもフウだって、このままじゃ家の立場的によくないんじゃない?」
「私はまだ大丈夫よ。悠希がああなって、遥兄さんにも見放された以上は、私は滝本家にとっては最後の砦みたいなもんだし?」
注文していた溶けかけのクリームソーダを美味しそうに飲む春風である。まあ、俺と違って春風はふてぶてしい所もあるから、そのまま実家に帰ったとしても、いつも通りわがまま放題するつもりなのだろう。
今回の件に関しては、春風が俺の味方をしてくれて本当に助かった。苦手なりにも、妹のことを構い続けてよかった。
これで、今回の話は終わった。俺は家に戻らないし、ずっとこっちで三久と一緒に日々を過ごしていく――これが結論。
だが、話がこれですべて終わったわけじゃない。
今まではエドワードからの話。
そしてこれからは、俺のほうからの話だ。
「……ねえエドワード、一つ聞きたいんだけど、君は父さんから、俺のことを『連れ戻せ』って命令されたんだよね?」
「え? ええ、まあ。あなたの身柄さえ引き渡しさえすれば、それで僕の仕事は終わりのはずです。それ以降はお義父さんがやることで、うちの家が口出すことではないですから」
「なるほどね……じゃあ、もしそれが形だけたったとしても、問題はないってことだ」
「??」
エドワードが首をかしげる。唯一俺の言いたいことに気づいたのは……春風だけか。
「兄さん、本当にいいの? 別にこのまま
「いや、俺が直接言いたいんだよ。やっぱりこういうのは面と向かってじゃないと伝わらないだろうし」
それに、好きな人が言い負かされたままっていうのも気に喰わない。受験はどうでもいいが、これに関しては譲れない。
さっきも言った通り、俺は滝本家とこれをもって縁を切る。その意志に揺るぎはない。
だからせめて、最後に、両親や兄にお礼の言葉をかけてやらなければ。
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