第72話 しんそう
「悠希兄さんが……そんな……」
一旦全員で近くのファミレスへと場所を移した後、春風の口から打ち明けられた話を、俺はしばらく信じられないでいた。
悠希兄さんが事故に遭ったのは、ちょうど一か月ほど前。春風が突然こちらに来るおよそ数日前のことだった。
事故は悠希兄さんにとっては、完全な不運だった。夜、交際相手と一緒に車で自宅へ戻ろうと高速道路走らせていた時、ハンドル操作を誤った対向車が突っ込んできて、運転席のある右側面に衝突したとのこと。
交際相手の女性は軽い怪我のみで済んだのだが、兄さんのほうは追突によってひしゃげた車体に下半身を挟まれ、命はなんとか助かったものの、足の骨を折る大けがを負ってしまった。
現在は、兄さんが研修医として勤めていた病院に入院しており、もうしばらくしたら退院できるとのこと。
「その点については、まあ私たちも安心はしたわけだけど――」
それで俺を呼び戻すなんて父さんが判断するはずがない。事故によって別の問題が起こったということだ。
「悠希、もしかしたらもう自分で歩けなくなるかもしれないの。まあ、この辺は本人のリハビリ次第ってところだろうけど」
「……足に大怪我した時点で、なんとなくそうかもとは思ったけど」
話によれば、リハビリが上手くいったとしても、元通りに歩いたりすることはできないという。ましてや、走ることなど不可能だという。
しばらくは車いすでの生活が続く――そうなると、前のように働くことは難しくなり。
そして、順調に進んでいた成功へのレールから外れることを余儀なくされるのだ。
もちろん、外れるのはしばらくの間で、これからずっとというわけではない。あの兄さんのことだから、きっと意地でもレールの上に戻るはず。
だが、父さんがそれを許容するかどうかはまた別の話……という。
「あ、もちろんお義父さんは悠希さんのことを見限ったわけじゃないと思うよ。不幸な事故だし、時間の猶予もある。でも、もし悠希さんがダメだった場合についても、手を打っておかないといけない」
「だからおにちゃんを……遥くんをまた連れ戻そうっていうんですか」
「僕もフウも直接お義父さんに話を聞いたわけじゃないから、推測でしかないけどね。遥くんは悠希さんよりもまだ六歳も若いし、健康にも問題はなさそうだしね。そこらへんは総合的に判断したんじゃないかな?」
常識でしょう? と言わんばかりのエドワードの言葉と態度に、俺の隣にぴったりと寄り添っている三久と、それからその隣にいる乃野木さんは顔を引きつらせた。
どうやら完全に引いてしまっている。
「いやいやマジかよ……吐き気を催すぐらいのクソじゃん……兄貴の事故には同情するけど、そんな簡単に人を追い出したり呼び戻したり……人間はゲームの駒じゃないんだよ」
乃野木さんがそう吐き捨てるが、家族のこととはいえ、俺は父さんを庇うことはしなかった。
父さんは、俺のことや、春風や悠希兄さんのことすら、自分の手元にある忠実な駒か何かとしか思っていない節がある。家柄がどうとか、格がどうとか、そういう事ばかりを気にして。
「まあ、そんなわけで、私はあの人の命令を受けて、兄さんを連れ戻すように指示を受けた。新庄家に預けてから、兄さんがどんな状態かを調べるのも兼ねてね」
「じゃあ、たまに外に電話してた相手っていうのは……」
「もちろん、
それで、その判定として春風が家に訪れたわけか。
来てすぐに俺が春風のことを追い出そうとしたときに素直に謝ったのは、そうしないと父の指示を守ることができなかったから。
いくら滝本家の中でも自由にやれているとはいえ、所詮は春風もまだ十四歳の女の子。保護者である父さんの後ろ盾がなければ一人で勝手をやるのは難しい。
「で、ダメだった場合はもう少し様子を見てって感じか」
「いいえ? お義父さんはすでにフウをやった時点で『連れ戻しても問題ない』って判断だったみたいですよ?」
「は? いやいや、成績も落ち込んでたし、普通なら様子見するはずじゃ――」
連れ戻しても、実家の環境に耐えられずまた失敗する可能性が大なのに。
どうして父さんはそんな判断を。
「僕も詳しく話を聞いたわけじゃないですけど……お義父さんの意見には賛成です。……だって、そんなに可愛らしいお嬢さんが支えになってるぐらいだから」
「「……!」」
「見てすぐにわかりました。……お付き合いしてるでしょう? 二人」
シンクロするように、俺と三久の体がこわばった。
そう。父さんは俺のそばに、三久がいることを知っている。
滝本家での俺の扱いを知って憤った三久が、以前、一度だけ電話して父さんと話しているから。
「……なるほど、兄さんの隣に
「……え?」
自嘲気味に呟いた春風の言葉が引っ掛かる。
春風が、俺のために?
「春風ちゃん、それ、どういうこと……? 遥くんのために頑張ってたって、アナタは遥くんの敵じゃなかったの?」
「……本当はこんなこと言うつもりじゃなかったんだけど……もう、仕方ないか」
どうせ隠してもエドワードが喋ってしまうと思って諦めたのか、春風がゆっくりと口を開いて続けた。
「――唯一家族だと思ってる兄を、妹が庇うことの何が悪いっていうの?」
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