第69話 べんとう
最近、特に体調がいい気がする。
三久と一緒に始めた早朝ランニングの効果が少しずつ出始めているのか、夜も決まった時間にはぐっすり眠れるようになったし、朝もう少し寝ていたいと思うこともあまりない。
頭の傷のほうは、昨日抜糸が済んだ。後頭部のほうなので自分で確認はできないが、三久にチェックしてもらったところ、髪の量が元々多いのでぱっと見はまったくわからないとのこと。
そして、これは当たり前だが、記憶力が落ちたとか思考力が落ちたこともない。というか、むしろ今まで以上に集中して勉強ができている。
まあ、これについては怪我ではなく、三久が今まで以上に俺にお節介を焼いてくれるからなのだが。
「じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。今日も頑張ってね」
三久はまだ夏休み中なので、朝はこうして見送りをしてくれている。
最初のうちは、見送りの前にハグをしたり、三久が特に甘えん坊の時は行ってきますのキスなど、まるで新婚さんのようなことをやっていたのだが、なぜか新庄家早谷家の両方から正体不明の視線を感じるので、それは自重した。
「あ、そうだ。おにちゃん……あの、これ」
三久が後ろに隠していた紙袋を俺に差し出してくる。
中を見ると、大きめのハンカチにくるまれた箱が。
「これ、もしかしてお弁当か?」
「う、うん。毎日は無理だけど、時々はこうして作ってあげようかなって。……ちなみにお母さんの手は借りてないよ。全部私一人でやったから」
いつもは祖母が用意してくれるのだが、今日に限ってはなかったのは三久が担当したせいか。
触ってみると、まだ作り立てなのか、包みはまだほんのりと温かい。
中身の方は、開けてみてのお楽しみかな。
「味の方は……ごめん、あまり自信ないけど。でも、頑張ったよ」
「うん、ありがとうな。ちゃんと全部食べて、感想伝えるから」
「あ、もちろん気を遣わんでいいからね。これからもっと美味しくつくるためにはおにちゃんの味の好みも細かく知っていかなきゃなんだから。ビシバシお願いね」
「う~ん……作ってもらったくせに色々文句を言うのはちょっと……今見てやってる勉強のほうならビシバシやってもいいんだけど」
「そこは大甘のままで優しくお願いします」
むしろそっちのほうを厳しくしないと困ると思うのだが……俺のことを一番に考えてくれるのは嬉しいことだけど、それで学業や部活がおろそかになるのは良くないし、そうなるのは、三久の両親である三枝さんや慎太郎さんも望んでいないだろう。
恋人になってもそこで終わりじゃなく、むしろ付き合い始めてから後のほうが、大事なのかもしれない。
※※
とりあえず、今日のお弁当については意見が欲しいとのことなので、俺もしっかりと味わうことにした。
昼になったところで、俺は一階ロビー脇にある応接スペースのテーブルへ。スペースは時間問わず学生が自由に使ってもいいので、俺も率先して利用させてもらっている。
「お~っす、色男」
「……乃野木さん、その呼び方は昨日までにしてって言ったじゃん」
「まあまあ固いこと言わない。子供のころの思い出っていう強力なアドバンテージはあったけど、実際、それだけの可愛い子をアンタはゲットしたんだからさ。しかも私はアンタの恩人なわけだし」
コンビニ帰りの乃野木さんが俺の向かいに腰を下ろす。
今回、三久と俺が付き合うにあたって、乃野木さんにはものすごくお世話になってしまった。
これは報告をしたときに判明したのだが、実は乃野木さん、俺の恋愛相談とは別に、三久からもこまめに電話をもらっていて、その時、三久からも俺との仲について、相談をもらっていたそうだ。
つまり、実質的に、俺と三久の仲をくっつけた恋のキューピッドは、帽子とパーカーがトレードマークの派手めの金髪少女ということになる。
「で、それは? いつもとなんか違うけど、三久ちゃんの愛妻弁当?」
「愛妻て……まあ、三久に作ってもらったけど」
お弁当のおかずは特別なものはない。厚焼き玉子……を失敗してスクランブルエッグっぽくなっているものと、ちょっと焦げが目立つ鳥のから揚げやウインナーなど。あとは彩を意識してプチトマトやブロッコリー。ごはんのほうは俵型のおにぎりになっている。
見た感じ、冷凍食品はなく全て手作りだ。
「で、どうよ味のほうは? おいしい?」
「……普通に食べられるよ」
ちゃんと意見を聞きたいとのことなので、こちらもちゃんと味わうが、まず全然まずくはない。
ただ、少し全体的に味が薄いかなとも思う。玉子焼きのほうはおそらく砂糖などの味付けはほぼしてないだろうし、唐揚げは調味料の漬け込みの時間の影響もあるだろう。おにぎりのほうもわずかに芯が残っていて微妙にぱさぱさしている。
俺はどちらかと言えば薄味のほうが好みだが、もう少し味があったほうがいいかもしれない。ちなみに玉子焼きは甘いほうが好きだ。
――という感じのことを、俺は乃野木さんに伝える。
「ふ~ん、三久ちゃんの希望とはいえ、結構言うじゃん。でも滝本さ、アンタ――」
俺の顔を見ながら、乃野木さんは続ける。
「――そのわりに、めちゃくちゃ幸せそうな顔してるけど?」
「それは当たり前でしょ」
味はともかくとして、これは三久が俺のために作ってくれたものなのだから、嬉しいに決まっている。
ぱさぱさのご飯も失敗した玉子焼きも、みんな三久の気持ちがつまった大事なものだ。感想についてはちゃんと伝えるし、味の好みも伝えるけど、それ以上に感謝を伝えようと思う。
――という感じの感想を乃野木さんに続けて言ったら、無言で脛を思い切り蹴られてしまった。なぜだ。
「ったく……まあ、忠告通りイチャイチャしてるようで何よりだけどさ」
「本当に、色々ありがとう。でも、乃野木さんはどうしてそんなに俺たちに優しくしてくれるの? 所詮は他人で受験でも一人のライバルに過ぎないのに」
最初に声をかけて来てくれた時もそうだ。確かにこの予備校内では俺も多少は名前の知られた人間だけど、それだけでここまで親身になって話に乗ってくれる理由としては薄い。
「……まあ、理由って言われると私も困るけど……強いてゆうなら放っておけないからって感じかな。アンタ見てるとさ、妙に構いたくなるんだよね。弟みたいなカンジ?」
確かに、俺に親切にしてくれる人って基本お節介な人が多いような。三久やカナ姉しかり、由野さんしかり。
少なくとも、兄や春風のような性格なら、こうはならなかっただろう。
「ってか、今回お節介焼いたのはアンタのためじゃない。三久ちゃんのことを考えてのことだからね。そこんとこ、勘違いせんように」
「わかってるよ」
だからこそ、三久のことはこれからも大事にしようと思う。
とにかく、ひとまずは今日のお弁当のお礼をしっかり言うことからだ。
「――っと、そろそろ昼終わるね。んじゃ、そろそろ教室に戻りますか」
「そうだね」
ということで、乃野木さんからの話も終わって、午後の授業も頑張ろうと席を立った時。
俺たち二人の前を、背の高い綺麗な金髪碧眼の少年が横切った。
「お、珍し。ガチの外国の人じゃん。欧州系とかかな? かなりのイケメンじゃない?」
「本当だ」
乃野木さんの言う通り、男の俺でも一瞬目がいってしまうほどの容姿で、他にもロビーにいた学生や職員たちの視線を集めている。
乃野木さんも知らないようだから、ここの生徒ではないようだし――新しく入学の手続きにでも来たのだろうか?
ちょうどカウンターの近くにいた岩井さんが対応するようだ。
「え~っと……め、メイアイヘルプユー?」
「あ、こう見えてばりばりの日本産まれですので、日本語で大丈夫ですよ。英語でももちろん大丈夫ですか」
「あ、そうなんですね……ところで、入校希望ですか?」
「いえ、ちょっとお尋ねしたいことがあってきたのです。もちろん、答えられなければそれでいいのですが」
そうことわって、その青年が続けた。
「――ここに滝本遥という生徒さんはいらっしゃいますでしょうか?」
その話は、俺にとっても全く予想外のことで。
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