第68話 ほうこく


 こうして初々しい交際をスタートさせた俺と三久だったが、俺たちが付き合い始めたことは、周囲にいる人たちはもうみんな知っている。


 二人で一緒に報告したのだ。


 カナ姉と、それから怪我の時介抱してくれた由野さん、そしてもう一人友だちである御門さんには二人一緒に。他の人たちにはそれぞれ手分けして連絡という形で。


 カナ姉や由野さんたちは遅かれ早かれ必ずくっつくと思っていたようで、報告を受けた第一声が『やっとかよ』と若干呆れられてしまったが、それでも最終的には祝福してくれた。


 乃野木さんも三久から連絡をもらったようで、あとから俺の方にもメッセージは届いていたが、詳しくは予備校に行ったときに話そうと思っている。


 ということで、残っているのはそれぞれの家族ということになるのだが。


「……なんか、緊張するな」


「う、うん……なんでだろね。最近はよくおにちゃんも家に来てくれるから、慣れてるはずなんだけど」


 夕方、慎太郎さんが仕事から帰ってくるのを見計らって、俺は三久といっしょに早谷家を訪ねた。


 三枝さんのほうには、事前にこの日に行くからと三久から伝えてもらっている。


 まあ、もともと仲のよかった俺と三久が、先週あたりからさらに良くなっているのは気づかれているので、どんな話になるかは察していると思うが。


「いらっしゃい、遥くん。今日はウチでご飯食べるのよね?」


「はい。おばあちゃんにもそう言ってます」


 キッチンに入ると、すでに大きな桶にこんもりと山のようなお赤飯が準備されていた。もうお母さんったら……と三久が顔を真っ赤にして俯いている。


「や、やあいらっしゃい遥くん。き、今日は珍しいね」


「おとーさん、新聞紙さかさまだよ……」


「え? あ、とと、これは失礼」


 やはり年頃の娘を持つと父親はこうなってしまうのだろうか。新聞を持つ手が微妙に震えていて、こっちにまで緊張が伝わってきそうである。


 やっぱり、こうして報告するのはまずかっただろうか――いや、三久とこうして恋人になった以上は、両親ともこの後長く付き合うことになるのだから、言うなら早めのほうがいい。


「おにちゃん、早いとこ言っちゃったほうがいいと思う。お父さん、このままじゃ緊張で心臓止まっちゃいそう」


「それもそうだな……あの、三枝さん、慎太郎さん。ちょっといいですか? もう気づかれてるとは思うんですけど」


「はいはい。ほら、あなた、ちょっとそっち詰めて」


「う、うん」


 三枝さんが慎太郎さんの隣に座るのを待ってから、俺は二人に向かって報告する。


「あの……三久さんと正式にお付き合いすることになりました」


「ぐふぅっ」


「もうあなたったら……昨日三久から話した時点でわかってたことじゃないの」


「そうだけど……いざこう遥くんの口から聞いてしまうとね……まさか、こんなに早く娘が別の人のものになるとは思わなかったよ。晩婚化が進む昨今、最低でも三十ぐらいまでは一緒にいられると思ったのに十四年も早いだなんて」


「……おとーさん、キモい」


「うぐはっ……!」


 気持ちはわからないでもないが、ここはさすがに俺も三久と同意見である。


「ま、まあ、その話は置いておくとして……昨日三枝とも話したけど、遥くんだったら安心だし、遥くんのおかげで三久も毎日幸せそうな顔をしているから、このまま二人に任せてもいいんじゃないかって」


「えっと、じゃあ……」


「うん」


 ソファから腰をあげて、慎太郎さんは俺の肩をぽんと叩いた。


「わがままな娘だけど、これからも一緒にいてくれると嬉しいよ。こちらこそ、よろしく」


「……ありがとうございます」


「あ、そうそう。二人ともわかってると思うけど、まだ学生なんだから、そこらへんはちゃんと考えて付き合うこと。いいね?」


「はい」


 もちろんわかっている。まずは来年の春、きちんと大学に合格し、そしてちゃんと四年で卒業し、就職すること。それが浪人生である俺がやるべきことだ。


「三久も、ちゃんと今まで通り勉強して、大学に通って就職すること。学費のことは心配しなくていいから」


「……高校卒業したらすぐ……とかでも私は別に……」


「そ、それはやめてくださいお願いします」


 三久のつぶやきに慌てふためく慎太郎さん。


 気持ちはわかるし俺もいずれはそうしたいけど……それはちょっと気が早いんじゃないだろうか。



 ※※



 報告が終わった後は、三枝さんが作ってくれた大量の料理を三久と一緒に胃に納める作業に勤しむことになった。


 四人で囲む食卓はとても楽しく、お赤飯を含め、どれも料理がおいしく、いつも以上に食べ過ぎてしまった。


 まだまだ全然先の話になるだろうが、三久ともし家族になるようなことがあれば、きっと、こういう機会も今まで以上に増えていくだろう。


 三枝さんと慎太郎さんにお礼を言って、俺は三久と一緒に早谷家を後にする。この後、最後に祖母と春風にも話をして、報告は全て完了だ。

 

「ふー、さすがに今日はちょっと食べ過ぎたかも」


「ね。私も今日はおにちゃんと一緒だったから楽しくて、ついいつもよりご飯おかわりしちゃった」


 といいつつ、三久は食後のデザートで、カナ姉の店で買ったアイスをおいしそうに頬張っている。


 いったい早谷家は一月にいくら食費がかかっているのだろう……とにかく、俺もいずれは頑張ってお金を稼がなければ。


「おばあちゃん、ただいま」


「こんばんは、おばあちゃん」


「おお、お帰り。ふふ、二人とも今日はとくに仲良しさんだねえ」


 扉を開けると、ちょうどお手洗いから戻ってきた祖母が出迎えてくれる。多分もう気づかれているので、俺も三久も今はもうベタベタとくっついたままだ。


「さっき隣に行ってきたから、最後におばあちゃんにと思って。……春風は?」


「ああ、あの子なら、さっき黙って外に……あ、帰ってきたみたいだよ」


「――二人とも、いつまでもそこにいられると邪魔なんだけど」


 俺の後ろで春風が不機嫌そうな顔で仁王立ちしている。


 スマホを持っているので、誰かと話していたのだろうか。


「兄さん、帰ってきたの? 私、てっきり彼女のお部屋にそのままお泊りするものとばかり――」


「そんなことするわけないだろ。三久も話が終わったらすぐに戻るから」


「……私はおにちゃんのお部屋にそのままお泊りしてもいいけど。だって私、もう『ただの幼馴染』じゃなくて『恋人』なんやし」


 ぼそり、と三久。いや、それはもっとダメだから。さっきちゃんと考えてお付き合いするって三枝さんや慎太郎さんと約束したのに……まったくしょうがない彼女だ。


「ふうん、やっぱりそうなったのね。ま、甘ったれで泣き虫の兄さんにはちょうどいい彼女なんじゃない?」


「そんな言い方せんでもいいのに……」


 三久はむすっとしているが、春風なりの誉め言葉だと受け取っておこう。


 呆れてはいるが、それは多分俺たちが人目もはばからずベタベタしているからで、交際自体を馬鹿にしているわけじゃないと思う。


 ただ、人よりちょっと素直じゃないだけだ。


「その子と恋人になったってことは……こっちのことはもう――」


「……え?」


「……あ、いや、別に文句はないけど、私が寝てるときに隣の部屋でヤるのは止めてくれって話」


「なっ、そんなことするわけ……!」


「知ってる。じゃ、お休みぃ~」


 からかうだけからかって満足したのか、ひらひらと手を振って春風は二階の寝室へと向かっていった。


「一緒に住んでしばらく経つけど、あの子のことはよくわからないねえ。可愛い所もあるとは思うんだけど。……あ、私のほうは別に気にしないからねえ、いつでも好きな時にしなねえ」


「……おばあちゃん、余計な気は回さなくても大丈夫だから」


 とりあえず二人への報告はこれで十分だろう。

 

 だが、一つだけ気になることがあるとすれば、最後のぼそりと呟かれた春風の言葉である。


(こっちのこと――って、多分実家のことを言いたかったんだろうけど)


 将来、もし三久と本当の家族になるというのなら、いずれは通らなければならない道。


 春風が言った通り、そちらのほう……滝本家のほうとも、いずれは決着をつけなければならないのだろうか。

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