第62話 せいふく


 今回俺たち幼馴染三人組が働くことになったカフェは、海水浴場のど真ん中にある店だ。

 

 元々は町内の商店街にある喫茶店のオーナーが、所有している土地をそのままにしてはもったいないと、7月末から夏のお盆休み前までの期間限定で暇つぶしにオープンし、チャレンジメニューや独創的な味のドリンクなど、自分の好きなように商品を作ってはお客さんに提供していたのだが――。


「は~い。制限時間30分総重量5キロ超超ウルトラメガ盛りタコライスね。時間内に食べたら無料+賞金五千円のうえ、ドリンクプレゼント。負けたら代金3千円支払いの上で、男女問わずメイド服コスで店の皿洗い+接客一時間! 遥、時間よろしく!」


「はい。では三秒前から……三、二、一、スタートです」


 こんな感じでオーナー自身が地元の人たち相手にシャレでやっているうちに、県外からやってきたというお客さんがSNSで写真を上げたことがきっかけに有名になって、人がひっきりなしに訪れるような有名店になってしまったのだという。


 その後は遊び心を忘れず、写真映えしつつもきちんと美味しいメニューを用意して、夏限定の人気店として定着したのだという。もう10年は続いているのだとか。


「店員さ~ん、こっち注文いいですか?」


「はい、かしこまりました~」


 注文は接客担当の三久が中心でとり、三久が他のお客さんを担当していて手が離せないときは俺が行くように。また、カフェ自体が狭いので、列に並んで待っているお客さんの整理と呼び出しも俺の仕事だ。


 カナ姉とオーナーさんは厨房。わりとここで食事をする人はチャレンジメニューを頼む人が多く、その調理に取り掛かっている間に、空いてる方がその他のオーダーをこなす感じだ。


 これに加えてドリンクだけ買って持ち帰る人などもいるので、その対応は俺と三久で――なので、四人だけだと結構大変な時間はあるのだが。


「うぅ……うぷっ、も、もうダメっ」


「1、0……はい、タイムアップです」


 先ほど言った通り、チャレンジメニューに失敗した場合は、料理分の代金支払い+メイドコスで一時間働いてもらうというゲームになっているので、そういう時はチャンスである。


「えーっと、一時間なにやればいいすか?」


「では、今日はこの看板をもって外の列の整理をお願いします」


 これは事前に打ち合わせ+お客さんに伝えていた通り。


『現在の待ち時間は一時間だよ、ご主人様っ♡』と書かれた看板(※オーナー製作)を持たせて、その姿を写真に収めて、営業終了後に『今日の挑戦者』として店のサイトにアップするという流れになっている。


 成功したら賞金、もし負けても場合によっては一日のネタになるということで、お客さんの中でも所謂リア充のような人が挑戦する場合がほとんど。


 今回のお客さんも、海水浴客のグループの一人で、罰ゲーム中の様子を写真に納めたり、ビデオに撮って楽しんでいる。


 もし自分があの立場だったら……個人的にはものすごく勘弁してほしい地獄のシチュエーションだ。


「店員さ~ん、テーブル片付けてもらっていい?」


「は~い」


 全体的に慌ただしい雰囲気の店の中、三久が狭い店内と外をせわしくなく行き来している。


 男の俺は黒のキャップとパステルカラーのチェック柄のシンプルなエプロンだが、三久のほうは、キャップまではお揃いだが、そこから下は、へそが見え隠れする程度の裾の短いシャツに、下はショートパンツで、露出度が高めな制服である。


「ん? どしたの、おにちゃん」


「あ、いや……」


 いつもの元気な三久という感じでとてもかわいい。それはわかっているのだが、他の男性客たちの視線を集めすぎなような――。


「……お前を他の男どものエロい視線に晒したくない、らしいですよ三久さんや」


「! カ、カナ姉っ!」


「だって、バレバレなのに言わないんだもん。そういうの嫌いじゃなけど、このカフェで甘酸っぱいのはレモネードだけにしときなってこと」


 そんなこと口にしたらカッコ悪いうえに気持ち悪いから、言わなかったのに。


「も、もうおにちゃんってば……カナ姉、そこの余ってるエプロン借りるよ」


 しかし、呆れて赤面しつつも、三久は店にかかっていた予備のエプロンをむんずと掴み、制服の上からそれを身に着けた。


「ほら、背中のほうは無理だけど、これでおへそは完全に隠れたでしょ? ちょっと可愛くなくなっちゃうけど……」


「……ごめん、変なこと言って」


「ううん、私も実は見られてるの気になってたから。……ありがとね、おにちゃん」


 にこりと微笑んで、三久は再び接客へと戻った。


「……私と二人きりの時とは全然違うな三久のヤツ」


「そ、そうなの? あんまり裏表ないと思ってたけど……」


「あ、裏表はないし、元気は元気だよ。ただ、遥がこっちに帰ってくるまでは今以上に気分屋でさ。中二とか中三あたりになってからは私への態度が悪かったり口答えすることも少なくなかったよ。他の友達にも、きっとそうだったんやないかな?」


 俺の前ではそんな素振りなど一切なかったから、その話はかなり意外だった。


「いつだったかな。三久が東京の大学に行きたいって言ったときなんかはわりと大喧嘩したけど……その話、聞く?」


「いや、いい」


「いいんだ。気になったりしない? これまでずっと会ってなかった可愛い幼馴染の空白の12年間だよ?」


「うん」


 俺はきっぱりと答えた。


 別に知りたいとは思わないし、知る必要もないと思う。


 人には思い出したくない過去や、聞かれたくない、殊更につつかれたくない出来事なんか山ほどある。俺だってもちろんそうだ。滝本家のこともそうだし、一人ぼっちでいることがほとんどだった学校生活のことも。


 三久に話してないことはいくらでもある。


「昔はそうだったとしても、今はもう問題ないんでしょ? なら、別にいいよ。もし今、三久がそんな風になってるんだったら助けたいし、おかしくなりそうだったら注意してあげたいけどね」


 未来は変えられる可能性はあるけど、過ぎたことはもう変えようがないから。


 大事なのは、過ぎたことに対して、今どうするかだと思う。


 三久がそう教えてくれてから。


 だから、俺は今の三久とこれから先の三久を見ていたいのだ。できれば、ずっと、彼女の一番近いところで。


「ふーん……ったく、普段はうじうじメソメソしてるくせに、こういう時にだけ包容力出すもんな~……本当、変わらないね、遥も。ずっと12年前の駄菓子屋で初めて見たときのクソガキのお坊ちゃんのまんま」


「……それって褒めてるの?」


「最上級のほめ言葉だよ。ほんと、三久はいい男の子見つけたわ……と、いうことで遥、次のお客さん注意ね」


「え?」


 ちょうどピークを過ぎて楽になりかけてきた時、ものすごい荒っぽいエンジン音を鳴らして、一台の大きな車が駐車場が入ってきた。


 すでに駐車場は満席だというのに……出れないこともなさそうだが、かなり迷惑していそうだ。


 降りてきたのは、派手な格好をした男三人組。どうやらカフェに入店するつもりらしいが。


「こういう仕事長年やってるとさ、ああいうヤカラってのは、すぐに肌で感じんだよね。あいつらいなくなるまで三久は奥に引っ込めとくから、遥、頑張れる?」


「うん、やってみるよ」


 こういう店だと、迷惑な振る舞いをするお客さんもたまには出るそうだし、そういうときに三久を守るのが、今日の俺の仕事でもあると思う。


 ちょっと怖いが、俺の背中には三久がいる。なら、覚悟を見せるしかないだろう。

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