第61話 ろうどう 3
まさか、俺にとっての初めての海が、アルバイトで来ることになるとは思わなかった。
場所は、カナ姉の店舗兼自宅である大塚商店から、さらに海岸沿いに道なりに進んだ場所にある、遠くに見える夫婦岩が目印の海水浴場。
その砂浜に建てられた小さなカフェが、今回俺がお手伝いすることになる仕事場である。
白い砂浜、青い空に青い海、頭上にはじりじり焼ける太陽。
俺の方は店の人が用意してくれた帽子とエプロンを身に着けている。海という場所もあって、制服は普段着のシャツのままだ。
「遥には調理は難しいから、飲み物の提供と接客をお願いね。私も一応、調理で中にはずっといるから、わかんないことがあったら聞きな」
「うん」
俺の仕事は、お客さんの席への案内と、それから注文をとるのが主だ。席は店内が数席と、外に二、三席。それほど店はそんなに広くないが、開店後からしばらくのあいだはお客さんでいっぱいらしいので、何気に忙しいという。
最初は一人でやるものと思っていたので不安だったものの、カナ姉も一緒に手伝ってくれるようになったので、それは心強い。
接客は初めてだが、注文の暗記や計算は得意なので、緊張しなければきちんとできるはず。昨日やったイメージトレーニングのようにやればいい。
それに、店主さんや俺とカナ姉以外にも、ちゃんと先輩のアルバイトの人もいるらしいので、最悪はその人に頼ってしまえばいいだろう。
店主さんに話を聞いたころによると高校生の女の子らしい。年下だが、ここでは先輩なので、あくまで礼儀正しく――。
――す、すいませんっ、ちょっと遅れました~。
開店時間10分ほど前に、笑顔でこちらにやってくる女の子の方を見ると、
「!? あれ――」
「え――」
「三久?」「おにちゃん?」
なんと、先輩アルバイトの正体は、三久だったのである。
「あん? なんで三久がいんの?」
「カナ姉こそ……それより、おにちゃん、今日は予備校で自習だったんじゃ……」
「そういう三久も、今日は由野さんのところに行ってたんじゃ――」
今回のバイトは、プレゼントのこともあって、どうしても三久や春風には内緒にする必要があった。なので、朝の日課の時に『授業はないけど、乃野木さんと一緒に自習するつもり』と伝えていたのだ。もちろん、乃野木さんにも事情は説明している。
三久も、今日は由野さんの家に遊びに行く予定だったので、安心していたのだが。
「――ちょっと欲しい参考書があったんだけど、高くて今のポケットマネーじゃ足りなくてさ。カナ姉に相談したら、ここの仕事を紹介されたんだよ」
「えっと……わ、私も似たような感じかな。水着にお金をかけすぎちゃったからお小遣いが足りなくてなって……ゆっぺに相談したら、『じゃあ私がいつも夏に手伝ってるカフェを紹介してあげよう』って、ここを」
つまり、本来、ここの先輩アルバイトは由野さんのはずだったが、今回は三久のために交代してくれたと。
意外な繋がりもあるものだ。
「なるほどそんなことが……まあ、そろそろ開店時間だし、今日はとりあえず私ら幼馴染三人組で頑張ろうか」
「……だね」
「うん」
かなり想定外の出来事だが、すでにお客さんが開店待ちの列を作り始めているので、ひとまずはこれでやるしかない。
三久との話は、仕事が全部終わってからだ。
「三久はホール中心、遥は三久の注文の補助と、それに私とオーナの調理の補助をお願い。なんか面倒そうな客がいたら、すぐに私とオーナーのどっちかに伝えること。いい?」
「「了解 」」
「よっし、じゃあ店開けるよ。いらっしゃいませ~!」
「「いらっしゃいませ!」」
こうして、カナ姉を司令塔にして、海辺のカフェでの一日がスタートした。
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