第59話 ろうどう 1

 

 裏山での出来事が終わってから数日後、俺は相談のために、予備校帰りに直接カナ姉の仕事場に足を運んでいた。


 ――この夏休みの間に三久にきちんと好きだと告白をする。


 ――夏休みを終えた後は、『幼馴染』としてではなく『恋人』として新たな季節を迎えたい。


 カナ姉や、乃野木さんからのアドバイス、自分の気持ちなどと相談し、最終的にはそう決めたものの――。


「ふ~ん……告白するのを決めたのはいいけど、どのタイミングがいいかわからない、ねえ」


「ごめん、カナ姉。でも、俺がこんなこと相談できる人って限られてるから……」


 俺と三久の関係は、相変わらず『仲の良い幼馴染』のままで、事態はほとんど進展しなかった。

 


「ほい、まずはコーラでも飲んで落ち着きな少年。私のおごり」


「……どうも」


 時刻は18時を少し回ったところで、すでに店の開店時間を過ぎている。しかし、俺と三久の色恋沙汰ということで、わざわざ店をいったん閉めてまで、俺との時間を作ってくれたのだ。


 まあ、そのかわりに、


 『ただいま店主よる恋愛相談中。開店までしばらくおまちください』


 と店のシャッターに張り紙されてしまったのだが。


 とりあえず、お客さんが来ないことを祈ろう。


「別にタイミングとかシチュエーションとか気にする必要あるかねえ……多分だけど、三久って遥のこと、遥が三久のことを好きな以上に大好きなはずだから、細かいこと関係なしにめちゃくちゃ喜ぶと思うんだけど」


 そう思って、俺も朝の日課の時や、晩御飯を一緒にした時などを見計らって伝えようしたのだが。


 ――おはよう、三久。


 ――おはよう、おにちゃん。どうしたの? 急に今日は少し早い時間に起きてほしいって。なんか内緒の話?


 ――あ、いや、えっと……。


 ――うん。


 ――いや特に何も。ただ、今日は三久ともうちょっと朝の時間を増やしたいなって思っただけで。


 ――そうなんだ。じゃあ、今日だけじゃなくて、これからもそうする? 15分くらいだったら、私も早起きは全然してもいいよ?


 ――じゃあ、それでお願いしていい?

 

 ――うん、了解だよ。


 という、朝の一部始終。


 こんな感じで、ここ数日の間やれたことと言えば、三久との朝のコミュニケーション時間が15分程度増えたのみ。


 何が言いたいかというと、俺はヘタレっぱなしだった。


 最近、三久も普段の寝間着ではなく、女の子らしい服装に着替えて出てくることが多いので、きっと待ってくれているのだろうが。


「で、そんな受け入れ態勢万全っぽい三久にどうしてさっさと当たって砕けないの?」


「砕けるの!? ……いや、やっぱり初めての告白だから、その……」


 少し迷ってから、俺はカナ姉に気持ちを打ち明ける。


「なんかこう、特別な雰囲気のほうが、三久も嬉しいのかな、とか……俺もそっちのほうがいいな、とか、色々……」


「ああ~なるほど……そういうことね……」


 カナ姉が大きくため息をついて、俺のことを憐れむような瞳で見てきた。


「……ごめん、残念な男で」


「あ、いや、そういう意味じゃないよ。私の知ってる遥は根っこから先っぽまでまるっと真面目な子だし、これまでの生い立ちとか考えると、恋愛に対して変に思い詰めたりするかもなって。人をちゃんと好きになるのも初めてで、告白をするのも初めて。初めてだったら、誰だって特別なものしてあげたいよね。いつまでも記憶に残るような、そんな思い出にさ」


 そういう事だった。


 せっかくの告白だから、俺も忘れたくないし、三久にも忘れてほしくない。エゴかもしれないが、それが俺の率直な思いだった。


「う~ん、私的には『は? 御託はいいからさっさとヤッちまえバカヤロウ!』って感じなんだけど……ま、今回ばかりは幼馴染の弟くんの恋のキューピッドになってやろうじゃないか」


「え? いいの?」


 絶対に背中をぶっ叩かれてそのまま店から追い出されるかと思っていたのに。


「今時はメッセージアプリやらで告白しちゃうような時代だけど……たまには王道でもいいでしょ。三久もそのほうが案外喜ぶかもだし」


 カナ姉が協力してくれるなら頼もしいが、しかし、具体的にどうするつもりなのだろうか?


「遥、花火大会、どうせ三久から一緒に行こうって誘われてんでしょ?」


「うん。再来週の夜だったかな。花火大会と、その後野外ライブもやってるから、それも見に行こうって」


 しかし、これについては二人きりでなく、由野さんや御門さん、さらに乃野木さんたちと一緒に行く予定だ。しかも、夜若い女の子たちで出歩くのは危ないということで、保護者として慎太郎さんや三枝さんもついてくる。


 花火大会で二人きりの状況になって告白――確かに雰囲気的には最高だろうが、人でごった返すなかで、果たしてそんなことができるのだろうか。


「まあ、その辺に関しては『大人』の私に任せとき。多分なんとかできると思うから」


 訊くと、どうやらカナ姉は地元の商工会に伝手があるらしく、花火大会も、知り合いの店に手伝いに行くらしい。


 ということは、場所の問題については目途が立っているということか。


「……で、その他に遥に訊いときたいんだけどさ」


 そう言って、カナ姉が手のひらを上に向けて、人差し指と親指で輪っかを作った。確か、『お金』を現すハンドサインだったはずだが。


「ねえ遥、今、内緒で自由に動かせるポケットマネーってどれくらいある?」


「え? えっと、俺の通帳とかキャッシュカードは全部おばあちゃんに預けてるから……こっそりっていうなら、一万円ないぐらいかな」


 ちなみに現在財布に入っているのは三千円程度で、残りは鍵付きの引き出しに保管している。普段ほとんどお金を使わないので、それでもまったく困らないのだが。


「ん~、それじゃあちょっと足りないかな~。正式なものじゃないにしても、やっぱりプレゼントするなら、それなりのものじゃないと……」


「告白の時に三久になにかプレゼントするの? なに?」


「うん。遥がどうしても記憶に残る告白をしたいってんなら、それこそ少しはぶっ飛んだ方が面白いかなと思って……」


 悪巧みを考えているような顔で、カナ姉が俺の前にスマホを突き出してくる。


「カナ姉、これ……」


「私の知り合いがやってんの。店も近所だよ」


 女性用のアクセサリを取り扱っている店のサイトだった。ネックレスやピアスなど、そこそこいい値段が並んでいるが……。


「遥にはこれから、三久へのプレゼント用のアクセサリを買ってもらうために、お金を頑張ってつくってもらおうと思います。それが私の協力する交換条件ってことにしよう」


「んえ?」


 カナ姉がとんでもないことを言い出した。

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