第58話 うらやま 2


「気になるって、そりゃ――」


 ならないわけがない。


 可愛い幼馴染の女の子の水着姿。しかも、買いに行ったときはまともに直視することが出来なかった、ちょっと(いや、だいぶ)エッチなやつだったと思うから、普通の男だったら誰だって見たいと思うだろう。


 しかも、あの時と違って、俺は三久に完全な恋愛感情をもってしまっている。


 なので、こんな誰もいない場所で、そんなことを言われたら。


「気にならないなんて言ったら……それこそ、大ウソつきの言葉だ」


 だから、俺は正直に伝えた。


「じゃあ、見たいんだ?」


「……見たいよ。すごい見たい」


「……おにちゃんのエッチ」


「うぐ」


 図星だが、見たいのでもうどうしようもない。


「き、着てきたのは三久のほうだろ。なら、おあいこだよ」


「ふふっ、そういえばそうだったね」


 くすっと笑って、三久がTシャツに手をかけてゆっくりと脱ぎ始めた。競泳水着を着ているため日に焼けていない白いお腹とちいさなおへそがあらわになって――って、俺本当に変態じゃないか。


 そう思っているところで、三久と目が合った。


 自分たちで始めたくせにお互いなんだか気恥ずかしくて、つい目をそらしてしまった。


 ただ水着を見るだけで、すぐ近くには泳げるぐらいの川が流れている。


 ただ川が近かったから泳ぎに来ただけ。言い訳なんていくらでも言える。


 それなのに、なんだかとてもいけないことをしているような気分になってしまう。


「……や、やっぱりジロジロ見るの禁止っ。いいよって言うまで後ろ向いてて」


「……ごめん」


 ということで、全部脱ぎ終わる前に俺は背中を向けた。本来なら川のせせらぎが聞こえてくるはずなのだが、なぜか俺の耳は三久の衣擦れの音ばかりを拾っている。


 本当、どうしようもないな。


「も、もうちょっと待っててね。今、下の方も脱ぐから――」


 Tシャツを脱ぎ終わり、次に下のハーフパンツまで脱いで、ちゃんとした水着姿になろうとしていたその時、



 ――あ、すご~い! こんなところに本当に滝がある~!」


 ――な? オレが言った通りやろ? この時間あんまり人が来ないし観光客は絶対知らんから、わりと地元では穴場になっとるって」



「「っ……!?」」


 薄暗くなりはじめた小川に、大きな声が響き渡った。男女の二人組だから……もしかしたら、カップルなのかもしれない。


「お、おにちゃん、どうしよう……人が」


 別に他の人が来ても、ただ俺たちが先客というだけで堂々としていればいいのだが。


 俺たちがここに来たのは、川で水遊びをするのではない。ただ三久が服の下に着てきた水着姿を見るためで、お互いに恥ずかしいことをしている自覚があるので、出来れば誰にも見られたくないのだ。


 ――ねえ、ちょっと降りてみよーよ。うち、水遊びしたい。


 ――ん。そうしようか。


 このまま素通りしてくれれば良かったんだが、そう都合よくはいってくれないか。


 ……そうなると、ここはやはり。


「――三久、こっち」


「え? あ――」


 俺は三久の手を引いて体を抱き留め、二人で大きな岩陰に身を隠した。俺と三久は小川を渡って反対側の方にいるから、普通に水に足をつけて遊ぶぐらいならここまでは来ないから気づかれることはないはず――。


 ――ん? ねえねえ、あそこになんかない?


 ――あ? あ~、うん。なんかあるな。なんだあれ? タオルとか?


「おにちゃん、あれ私のTシャツ……急に引っ張るからそのままだよっ」


「あ――」


 まずい。三久の水着姿を誰にも見られたくなくて、それ以外何も考えずに隠れてしまったから、すでに脱いでしまったものにまで気が回らなかった。


 ――忘れもんかな? どうしよっか?


 ――う~ん、そのまま放置してたら汚れちゃうし、どっかの枝とかにひっかけとけばよかろ? 


 む、意外にいい人たちだ。とてもありがたいが、別にすぐそばにいるので出来ればそのまま放っておいてもらいたい。


「ど、どうしよう、おにちゃん……こっち来ちゃうよ」


「とりあえず三久は俺のシャツを……もしバレたら、適当に笑顔でやり過ごすから」


「うんわかった…………あ、」


 あ。


 俺のシャツを着ようと三久が離れようとした瞬間、気まずそうな顔を浮かべて再び密着してきた。


「ごめんおにちゃん……水着を着たとき、多分背中の結び目が甘かったみたいで……今おにちゃんから離れると上の方が脱げちゃう」


「あ~……それはよくないな」


 さらに畳みかけるようにして問題が俺を襲う。


 密着している状態だと紐は結びにくいだろうし、上手く結んでも、前の方がずれてたらあまり意味がない。


「ねえ、おにちゃん。ちょっといい?」


「ん? どした?」


「あのね……こんな時にわがまま言ってごめん、なんやけど、」


 ぎゅ、と俺のシャツを握りしめて、三久は甘えるような顔でぼそりと俺へ呟く。


「私、おにちゃん以外の人に見られたくない。この水着も、その……は……だって、今だけは、おにちゃんだけにしか見せたくない、っていうか」


「……そっか」


 もちろん俺だってそのつもりだ。


 こうなってしまったのは、全面的に俺たち二人のせいだが、せっかく俺のために勇気を出してここまでやってくれた三久に、これ以上恥ずかしい思いはさせたくない。


 だから、ここは俺がしっかり三久のことを守ってあげなければ。


「あ、すいません。そのシャツ、俺のやつなんでそのままにしてもらっても――」


 岩陰に隠れさせた三久にシャツを押し付けて、俺が二人組の前に出ようとしたその時、


「――あ~っ! やった! ようやくミツケマシタヨ! 私のダイジなTシャツ!」


 さらに別のところから、片言混じりの少年の大きな声が響いたのだった。


 ――え? ああ、これもしかしてアンタの?


「そう、そデス! 昼にここでスイムして、着替えたのトコロでなくしたと思ったら……そっちいくので、そのままステイしておいてください! わかりマス? ステイ! マテ!」


 ――そ、そっか。そういうことなら……おい、もう行こうぜ。

 

 ――う、うん。そだね。


「ハハ、ご協力、ドーモです!」


 おそらく喋り方からして外国の人だろうか。勢いにおされたカップルが、さっさとその場から退散していく。


 とりあえずあのカップルに見つかるのは避けられたが、元々これは三久のTシャツだ。もちろん声の主に渡すことはできない。


 カップルがいなくなるのを待ってから、俺はすぐさまTシャツを回収し、三久のもとへ。


「三久、これ」


「うん、ありがと。でも、さっきのカタコトの人、私も聞いてたけど、いったいなんだったんだろうね?」


 ちなみに三久は完全に岩陰に隠れていたので、正面から岩を覗き込まないと姿は確認できない。なので三久が見られた可能性は低い。


 多分、俺がこそこそしているのを見て、庇ってくれたんだろうが――今はも人の気配すら感じない。


 もし今度どこかで会えるのなら、お礼ぐらいは俺のほうからきちんとしておきたいところだ。


「とりあえず、今日はもう帰ろうか。……その、水着の方はまた今度……ちゃんと二人きりになった時に……な?」


「う、うん。そだね」


 その後、二人きりで水着を見るだけなら、別に裏山でなくても三久の部屋でこっそりやっても全然よかったことに気づいて、バカなことをしたとお互いに赤面したのは、また別の話だったりする。

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