第53話 おとまり 2


 早谷家や祖母、俺と春風、由野さん御門さんコンビなど、計8人の夕食だったが、こちらのほうは比較的和やかに進んだ。


 外面のいい春風は、慎太郎さんや三枝さん、祖母と軽い世間話を時折しつつ、もくもくと焼かれた肉を……いや、肉ばかりを口に運んでいた。無言で野菜を置いたらものすごく不満そうな顔をしたが、ここの地元でとれた野菜は口にあったのか、そちらもちゃんと食べてくれた。


「ちょ、ちょっとちょっと滝本さん! なんなんですか、あの子は! 私もまりも、聞いてないんですけど?」


「うん。説明を要求します」


「ああ……春風は俺の妹だよ。夏休みだからって、東京からこっちに遊びに来たんだ」


 そういえば、二人に春風のことを話すのは初めてだったか。三久も初日以降はあまり春風と積極的に絡んでいないし、滝本家の話題は扱いづらいしで、話していなかったのだろう。


「妹って……滝本さんの一個下ぐらいですか?」


「いや、中二だけど」


「なはっ――!??」


 雷に打たれたみたいに、由野さんが驚きで一瞬固まった。


「ちゅ、中二ぃ~!? じゃあ14ってんですか? 私らより年下? おいおい、滝本さん、冗談はよしてくれませんかねえ」


「今の時代ウソはだいたい見抜かれる」


「いや、本当だから」


 話すと春風はまだまだわがままな子供なのだが、今は完全猫かぶりモードである。


 外見だけなら高校生と名乗っても不思議には思われないだろう。


「バカな、この私が負けるだと……こっちのほうは、結構自信あったのに……」


「私は惨敗」


 二人とも胸に視線を落としてなにやらブツブツと言っているが、どうやら色々とショックを受けているらしい。だいたい何のことはわかっているが。


「さっきからコソコソ何話してるの、兄さん? もしかして浮気?」


「そんなわけないだろ。お前の外面が良すぎるって話を俺がしてただけだ」


「そう? 私にはおっぱいの話しかしてないように聞こえたけど?」


 気づかれていても内容は聞かれないようにしていたはずだが、この地獄耳は。


「えっと、こっちの二人は由野さんと御門さん。三久の友達だよ」


「ああ、二号と三号ってことね」


「お前それどういう意味で使ってるんだ?」


「小型犬一号、二号、三号でしょ? みんなして兄さん兄さんって尻尾振ってすり寄ってさ、ぴったりのネーミングじゃない? あ、それとも別の意味のほうが良かった?」


 今はちょうど大人たちは大人たちでお酒を飲んで楽しんでいるので、春風のいつもの毒が漏れ出している。


「滝本さん、この子本当に滝本さんの妹なんですか? 聖人の滝本さんに光の部分持ってかれて、全ての闇を背負い込んでダークサイドに堕ちた悲しきサイボーグに見えますよ私には」


「へえ、上手いこと言うじゃない二号のくせに。一応胸だけじゃなく脳みそにも多少は栄養がいってるようで安心したわ。中にはバカみたいに多量の栄養を体内に取り入れたくせに、その全てを現在進行形で虚空に投げ捨てている悲しい人を私は知ってるから――」


「ちょっとそこ、ちゃんと聞こえとうっちゃっけど!??」


 エンジンのかかった春風は全方位へと攻撃を仕掛けている。ついさっきまでは大人しくしていたのに、今ではここにいる女の子たち全員に喧嘩を売って。


 よくもこんな性格でやっていけているな、とある意味感心する。それともクラスでは猫をかぶっているのだろうか。


「春風」


「なによ? 先に私のことであれこれ話始めたのは兄さんたちのほうでしょ?」


「うん、それが俺たちが悪かった思う、ごめんな春風。由野さん、御門さんも」


 俺が促すと、二人も素直に頭を下げた。


「いや、あまりにも妹さんが規格外だったもんで……色々と申し訳ないです」


「すいませんでした」


「っ……まあ、わかればいいんだけど」


 とりあえず、これで俺たちと春風の分は手打ち。


「で、今度は春風の番。俺たちに言い返すならともかく、三久は無関係だったろ? それもちゃんと謝ってほしい」


「う……」


「そうやね。燃費は悪いけど、私だってこれからちゃんと育つ予定やし! ……なに、おにちゃんなんか言いたそうやね?」


 何のことかさっぱりわからないが。


「ともかく、これで春風が謝ってこの場はおしまい。それでいいな?」


「っ……わかったわよ。まったく、最近の兄さんは扱いづらくて本当嫌になっちゃう……」


 そう言って、春風は三久にさっきの言葉を謝った。渋々なのは目に見えてわかったが、とりあえず今はこれでいい。


「というか、お話したいんだったら、由野さんも御門さんも春風に直接聞いてみれば? いつもはこんな口悪い奴だけど、ガンガン攻めればボロ出してくれるみたいだし」


「はっ……いつ私がそんな……!」


「「ふ~ん」」


 その瞬間、素早い動きで由野さんと御門さんが春風の両サイドから挟み込むように抱き着いた。


「ちょ、なによいきなり……暑苦しいから離れっ……」


「まあまあ、春風ちゃん。後で冷たい瓶のコーラ分けてあげるからさ。ちょっと私たちとお話しようよ~、東京のこと、田舎モンの私らに教えてほしいな~? 滝本さん、今まで勉強ばっかでそういうの全然でさ~」


「あと、どうやったらそのボディが手に入る? 教えてほしい。三号からの質問」


「兄さん、ちょっと――」


「俺はまだ食べ足りないから三久のところ行ってくる。二人とも、妹のことよろしくお願いします」


「「おっけ~」」


「にい……あ、こら、ちょっと変なとこ触んないで……話す、質問に答えてあげるから……!」


 意外と満更でもなさそうな妹を残して、俺は三久のいるテーブルのほうへ。


 タイミングが良ければカナ姉同様、あの二人のテンションで押し切れると思ったが、上手くいったようだ。


 さすがは体育会系女子高生。


「おかえり、おにちゃん」


「ただいま三久。急だったけど、二人がいてくれてよかったよ」


「でしょ。私もゆっぺとまりのおかげで、一人ぼっちにならなくて済んだから」


「え? そうなのか?」


「うん 」


 はむ、と焼けたお肉をもぐもぐやりながら三久は続ける。


「二人と友だちになったのは小学生の時だったけど、それまでは私、仲の良い友達っていなかったから」


 そういえば二人以外で遊びにいったりする友だちはいなかったか。しかし、昔の三久にもそんな時代があったとは驚きである。


「……他人事みたいな顔してるけど、おにちゃんのせいでもあるんだけどな」


「……俺?」


「うん。だって、あの時の私はずっとおにちゃんを基準にしてたから。おにちゃんとのほうが楽しかった、おにちゃんはこんなことで怒ったりしない……って、今思えば相当わがままだったけど。でも、それだけあの夏休みは私にとって鮮烈だったから。突然都会からやってきた、今まであったのことのない雰囲気を纏った、優しい男の子とのひと夏の出来事が」


 普通なら忘れているだろう12年前の出来事。それを三久がずっと覚えていてくれたのは、毎年のようにその夏のことを思い出してくれていたからだ。


 たった一度。


 しかし、もっとも濃密だった夏の記憶。


 あ、そうか。


 もしかして、だからこそ三久は俺のことを――。


「あのさ……三久」


「? なに?」


 少し気持ちを落ち着けるために、俺はクーラーボックスから取り出した瓶のコーラを取り出して、一口、喉に流し込む。


 あの夏とちっとも変わらない冷たさが、緊張で熱くなった体に、ほんのちょっとの勇気を与えてくれる。


「……俺、ちゃんと三久に伝えるから。今はまだ、その時じゃないかもしれないけど、秋になるか冬になるか、もしかしたら試験が終わってからとかになるかもしれないけど」


「……うん」


 自分でも何を言っているかわからない。それぐらい支離滅裂だが、それでも三久は俺の言葉を待ってくれている。


 だからこそ、今の気持ちを包み隠すことなく伝えなければ。


「それでも、これだけは俺から言わせてほしいから……だから、その、身勝手かもしれないけど……それでも、俺が答えを出すのを、待ってて欲しい」


 本当はもう喉のすぐそこまで出かかっている。勢いでぽろっと零れ落ちてしまいそうなほどに。


 言えないのではない。言ってしまうのをぐっとこらえているのだ。


 本当なら今すぐ言ってしまいたい。言ってしまえば、今、俺の中でぐるぐると暴れ回っている気持ちを抑えることができる。楽になれる。


 でも、やっぱりそれじゃダメな気がするのだ。


 カナ姉や、乃野木さん、由野さん、御門さん……俺のことを影ながら応援してくれている人たちは、きっと呆れてしまうだろう。いい加減にしろ、さっさとやれ、と。


 だが、まだ一つ決心がつかない。それが何なのかはっきりしたことはわからないが、とにかく、今だけじゃないことは確かなのだ。


 でないと、俺は掴んだ手を放してしまうかもしれないから。


「こんなことしか言えなくてごめん。でも、それが俺の今の正直な気持ちだから」


 今はまだ情けない俺だけど、『その時』には、三久にとって格好いい自分でいたいから。


 だから、あと少し、ほんのもう少しだけ。


「……わかった。いいよ」


 俺が全部言い終わるのを待ってから、三久はゆっくりと頷いた。


「いいのか?」


「おにちゃんがそこまで言うんだもん。なら、私はもう待つしかないかなって。……あはは、なんか喉かわいちゃった。おにちゃん、それもらっていい?」


 そう言って、三久は俺の飲みかけの瓶を手に取って、残った半分をぐぐっと飲み干した。


 間接キス――と言おうとしたが、すでにそれ以上のことをやってしまっているのに、今さら気にしてもしょうがないので踏みとどまった。


「――お~い、ちょっとみっきぃもこっちに来なよ~! みっきぃも春風ちゃんを質問攻めにして遊ぼうよ~」


「げ、一号まで――ちょっとアンタたち酔っぱらってない? 大丈夫なの?」


 と、ここで計ったかのようなタイミングで、由野さんから三久にお呼びがかかる。


 この後何を話したらいいかわからなかったので、正直助かる。


「あ――えっと、ゆっぺたちが呼んでるから、私ちょっと行ってくるね。おにちゃんはお父さんたちのことよろしく」


「うん、わかった。いってらっしゃい」


「うんっ」


 はにかんで言って、三久も女子三人の輪の中に加わっていく。


 由野さん、御門さん、春風、そして三久。


 多分ものすごく贔屓目になるだろうが、これだけは断言する。


 俺の幼馴染が、世界で一番かわいいと。

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