第51話 たいかい 3
三久の呟く様子を目にしたとき、すでに俺の体は動いていた。
理由はうまく説明できない。でも、今、三久のことを落ち着かせてやれるのは自分だけだと思った。
自分が落ち着かせたやりたいと思った。
「えっと、こっちでいいんだよな……」
人混みをなんとかかき分けながら、反対側の席の方を見る。
席は、他校の生徒たちでほぼ埋まっていた。こういう場合、父兄でも他校の関係者が入るのはマナー違反なのかもしれないが、そこを気にしていては、俺の小さな声は三久に届いてくれない。
第二泳者はすでに最後のターンを終え、三久にバトンタッチするべくラストスパートをかけている。
ちょっと迷ったが、ここまで来てすごすごと引き返す選択肢はない。
「あの、ちょっと、ちょっとすいません……!」
一言断って、他校の生徒たちの間を進んでいく。なんだコイツは、という視線がいくつも突き刺さるが、一言だけなのでどうか許してほしい。
三久がスタートするまであと残り数メートル、というところで、俺はようやく三久にもっとも近い席にたどり着いた。
「み……三久、三久ッ!」
突然の乱入者にざわつく他校の部員たちの隙をついて、俺は出来る限りの声で三久の名前を呼ぶ。先頭を行く他校の第三泳者が飛び込み、さらに周囲の声援が大きくなるが、
「! おに、ちゃん?」
空気を読まない俺の行動により一瞬静かになったおかげで、無事、三久が俺の存在に気づいた。
他校の応援の中に交じる俺の姿に訳が分からない顔をしているが、今それを説明している暇はない。
今は、とにかく伝えるだけだ。
「三久、その……が、頑張れっ!」
頑張れ。
なんの捻りもない応援の言葉だが、結局これしか思い浮かばなかった。
「おにちゃん……」
「頑張れ、三久! 俺、ちゃんと見てるから! だから、頑張れ!」
周りのことを気にせず、ただ思い切って三久に声援を送る。たかが部活の応援だが、ここで三久に、直接、俺の声を届けなければと思った。
「あははっ、みっきぃ、この幸せモン~!」
「うらやましいぞ~!」
と、気づくと俺の両サイドから由野さんと御門さんの声が。どうやらすぐさま俺のあとを追いかけてくれたらしい。
「ゆっぺ、それに、真理も……」
無我夢中で声援を送る俺、その様子を冷やかす由野さんや御門さんを見てほんの一瞬、目をぱちくりと瞬かせた三久だったが、
「……うんっ! 見てて! 私、頑張っちゃうから!」
俺のほうに向けて拳を突き出しそう宣言した三久は、明るい笑顔を俺に向けた後、勢いよく水面に飛び出していく。
それはよく見た、いつもの頼もしい三久だった。
※※
大会終了後、応援を終えた俺は、慎太郎さんや三枝さんの二人と一緒に一足先に海上の外に出た。
リレーの後も三久の高校は各種目で奮闘したものの、順位は入賞するまでには至らなかった。
三久個人はというと、スタート直前の俺の声援が効いた……のかはわからないが、先を行く他校のライバルたちをぐんぐんと追い抜き、一時は三位に追い付こうかという泳ぎを見せてくれた。
もちろん、その後の個人戦でも、一年生ながら二、三年の先輩たちと遜色ないタイムで、自己ベストを更新したという。
結果らしい結果は残せなかったが、それでも頑張ったと言っていいのではないだろうか。
「しかし、まさか遥くんがあんな行動に出るとは思わなかったよ」
「そうね。でも、おかげで三久も元気が戻ってよかったんじゃない? あの子、自分の出番が終わってもずっとニコニコしてたし。……ありがとうね、遥くん。三久の力になってくれて」
「いやまあ……一応、応援するって約束してたので」
あの時のことを思い出すと、かあっと顔が熱くなる。由野さんや御門さんも一緒になったおかげで恥ずかしさは半減したが、あの後、他校の水泳部の部長さんから注意を受けてしまったのだ。
『応援するのはいいですが決まった場所でお願いします』――ごもっともすぎて、返す言葉もなかった。
俺のほうは、その後、慎太郎さんや三枝さんに冷やかされるだけで済んだが、由野さんと御門さんは、さらに顧問の先生からも注意されてしまった。
そのお詫びもかねて、今度、甘いものでもご馳走してあげなければ。
会場の外で少し待っていると、三久たち女子水泳部も荷物をまとめて出てきた。
この後は現地解散のため、三久も一緒に車にのせて帰る予定とのこと。三久の自転車も、帰りの途中で回収する。
「――じゃあ、今日はこれで解散」
「ありがとうございました」
顧問の先生の言葉が終わって、これで一時解散……となったところだが、その時、水泳部の人たちの視線が、俺たちのほう、というか俺に集中しているのに気づいた。
そして、集団の中心では、顔を真っ赤にして俯いている三久が。
「ほらほら、早谷~、はやくあの人んところ行ってお礼言わんとダメやん?」
「そうそう、『応援してくれてありがとうお兄ちゃん。みく、お兄ちゃんのことだいすきっ』って!」
「な、なあっ……! わ、わたしたちはただの幼馴染で、仲は悪くありませんけど別に恋人関係とかそんなんじゃ……!」
予想通り、他の女子部員全員から集中砲火を受けていた。まあ、みんなが割と見ていたなかでの出来事だったので、色々勘繰られても仕方がない。
外野から見ればただの青春だったからな……あの光景。
「ほら、ここはいいから、とりあえず行きなって。今日みっきぃが頑張れたのは、滝本さんのおかげなんだから」
「うぅ……それは、わかってるけどさ」
由野さん含めた全員に背中を押される中、三久がちょこちょことした足取りでこちらに向かってきた。
「た、ただいま」
「お、おかえり」
あの時は俺も三久もどちらもテンションがおかしくなっていたが、いざ大会が終わって落ち着くと、途端に気恥ずかしくなる。
「あの……ありがとね、おにちゃん。私のために頑張ってくれて、その……すっごく嬉しかった」
「あ、ああ……頑張ったな、三久。格好良かったよ」
「う、うんっ、ありがとっ……」
――フゥ~!
――あ~、いいな~! 青春だな~!
――後輩にタイムどころか恋でも先越されるとか~!
――少しでいいからその幸せわけろ~!
「も、もうっ……先輩たちまで……!」
「あ~……ごめんな、俺のせいで」
こうなってしまった以上、少なくとも水泳部には今後、俺と三久の関係については知れ渡ってしまうか。
先輩たちを見る限り、悪い人たちじゃないのは確かだろうが――どうか尾ひれがついて変なことにだけはなりませんように。
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