第50話 たいかい 2
由野さんと御門さんがふざけて俺に抱き着いて、それを見た三久が怒って注意する――俺や由野さん、御門さんにとってはただの冗談のようなものだが、三枝さんや慎太郎さんに説明するのが大変だった。
慎太郎さんは笑っていてくれたけど、その間の三枝さんの笑顔がものすごく怖かった。『ふふ、もし浮気だったら……かしら……』などという怖い呟きが聞こえていたので内心冷や汗ものだった。
ユーモアのある人なので、冗談だと思いたい。
「――滝本さん、言い訳お疲れさまっす」
「っす」
「いや、ややこしくしたのは二人でしょ。どうして助けてくれなかったの」
「いや~、将来のために今から経験積んどいたほうがいいかなって、ねえ真理?」
「ん、予行演習」
「……何の?」
まだ幼馴染でしかない女の子の両親に『いや、今の女の子はただの友達でして――』などと弁解しなければならない状況なんてないだろう。
そういうのは、ちゃんと恋人になったりとか、もしくは結婚した後の話だろう。いや、たとえ結婚してもそんなことには絶対ならないだろうけど。
「――お、滝本さん、そろそろウチの高校の出番ですよ。そろそろ出てくるはずです」
次に泳ぐ予定の学校が入ってくると、周囲の声援がいっそう大きくなった。
ちょうど反対側のほうに、かなりの数の部員が陣取っている高校が。
「あそこは結構強豪なところですね。部員数もウチの三倍はいます」
部活に強い高校、特に私立だとかけるお金も段違いだから、比較してしまうと、どうしても三久のいる公立校とは選手層などにも違いはあるだろう。
ぱっと見るだけでも、肉体から違うことがわかる。腕や肩の筋肉あたりは特に凄く、まさにアスリートという表現が相応しい。
「三久は……いた」
三久の高校は、八つあるレーンのうちの八番目。俺のいるところから最も遠い場所だ。
先輩部員や他の学校の選手と較べると、やはり三久は小柄に見える。身長はそれほど変わらないはずだが、やはり体型の差だろう。
慎太郎さんと三枝さんも三久のことを見つけたようで、反対側の声援に負けず大きく声を張り上げている。
「ありゃ、みっきぃのやつ……」
「うん。こっち見ない。多分ガチガチ」
「そう、かな? 集中してるだけのように見えなくもないけど」
大会は自由形や平泳ぎなど、各種目のタイム順で順位ごとに与えられる得点の合計で争われる。これから行われる種目は学校対抗のリレーだ。
二人の話だと、三久は泳ぐのは三番目。わりとすぐに出番が来るので、それで精神を集中させているだけにも見えなくないのだが。
「そういえば、滝本さんは部活での三久を見るのは初めてでしたね。……三久とは中学からずっと一緒ですけど、わりと周りが見えてる方が三久はいいタイムが出やすいんですよ。余計な力が分散されて、ちょうどいい塩梅になるというか」
頑張ろうと集中し過ぎて、逆に力が入り過ぎてスムーズな泳ぎができないということだろうか。
なんとなくわかる気がする。元気に溢れている時の三久は、いつだって明るい笑顔を絶やさない。そのおかげで、俺はなんども彼女に助けられ、そして癒された。
逆にいえば、思いつめているときの三久は、何をやるにも空回りしやすい。
滝本家に電話をして父さんと直接言い合いをしたときなんかは、まさにその悪いところが出てしまった格好だ。
もう一度、三久を見る。
目をつぶって、深呼吸を繰り返しているように見える。もう少し近ければ詳しい様子を見ることもできるかもしれないが、ここからだと確認しようがない。
おおっ、という大きな声が反対側から会場全体に響く。三久のことを見ていたからわからなかったが、すでに第一泳者がスタートしたところだった。
三久の出番は次の次。
おそらく緊張はピークに達しているだろう。
一人目を引き継いで、第二泳者がスタートする。順位は……下から数えたほうが早いか。
「おいこらみっきぃ! なにやってんだ、こっちみろ~! アンタのおにちゃん、ここにいるぞ~!」
「いるぞ~!」
手すりから身を乗り出さん勢いで由野さんと御門さんが声をあげるが、周りの声援に紛れて三久には届かない。もちろん俺も二人と一緒に声を出すが、この状況では何の足しにもなってくれない。
「うむむ……ダメだ、完全にのまれちゃってる」
「うん。これはまずいかも」
他校の選手たちが続々と次の準備を始めている。三久もそろそろスタート位置に立たなければならない。
照明に照らされて、先輩や他校の選手たちに隠れて見えづらかった三久の顔が良く見えるように。
「? なんか言ってる、かな……」
由野さんたち同様、俺も身を乗り出して、三久の様子を見るべく目を凝らす。
目を細めてじっと口の動きを見ると、一部だが、一言だけなんと言っているかわかった。
――おにちゃん、たすけて。
「!? あの、ちょっと滝本さん、どこ行くんですか? もうすぐ三久の出番ですよ!」
「わかってる! でも、ここじゃ遠いから。もっと近いところで応援してくるよ」
頑張らなくてもいい、と俺は思っていた。いつも通り終わって、いつもの三久が戻ってきてくれるなら。
だが、三久はそうは思っていなかった。失敗してダメなところを俺に見せたくない、格好いいところを見せたい――だからこそ、真剣になって力が入ってしまう。
もし、このまま、由野さんが言うように、力が入り過ぎて空回りして、失敗してしまうのだとしたら。
そうさせないために、俺が、三久の幼馴染である俺がしてあげられることは、きっと一つしかないだろう。
「待ってろ、今急いでそっち行くから……」
そう呟いて、俺はみんなを残して反対側の席へと走り出した。
―――――――
(※お知らせ)
少しタイトルのほうを変更しております。内容は特に変更しておりませんので、そのまま読んでいただいて大丈夫です。
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