第49話 たいかい 1


 予想通り、会場の市民プールは、大会に出場する学生たちや関係者でほぼ埋まっていた。


 大会はまず男子から行われ、次に女子、その後に個人戦という流れなので、予定では会場に入る前に試合前の三久に声をかけられるかもと思ったが、道中で事故渋滞+休日の混雑に巻き込まれてしまって、予定より1時間ほど遅れての到着となった。


(滝)「ごめん、ちょっと遅れるみたい」


 三久には遅れる旨のメッセージは送ったが、すでにウォーミングアップにでも入っているのだろうか、返信はなく既読もついていない。


 会場を開けると、プールの塩素の匂いと、そして大会特有の熱気や声援が押し寄せてきた。


 俺の高校生活といえば、自宅と学校、そして塾の三か所を行き来して、空調の効いた教室で参考書を広げる生活だったので、初めて感じる夏の雰囲気は、とても新鮮に映った。


「あ、滝本さーん! おじさんおばさんも!」


「由野さん」


 二階席に上ると、俺たちが来たのに真っ先に気づいた由野さんが御門さんとともに手招きし、他の学校の父兄たちが集まっている場所へと案内してくれた。由野さんと御門さんは個人戦からの出場なので、この時間はまだお休み中だ。


 すぐに気づいたので、おそらく三久が俺も来ることを伝えていたのだろう。


「由宇ちゃん、三久は? まだ出てきてないよね!?」


「あはは、おじさん張り切ってますね~、ちょうどこれからですよ。あ、もちろん撮影は禁止ですからね~」


「わ、わかってるよ……あはは……」


 やんわりと由野さんが釘を刺した。まあ、車に降りる時に三枝さんが取り上げていたが。


「御門さん」


「……!」


 俺が声をかけると、御門さんは意表をつかれようにびくりと体を震わせる。


 普段俺から御門さんに声をかけることはないので、かなり意外だったらしい。


「ごめん、三久の様子がどうだったか聞きたくて……びっくりさせちゃったね」


「いえ、こちらこそ……」


 申し訳ないと思ったのか、御門さんは顔を赤くして気まずそうに俯いた。


 三久や由野さんはああいう性格なので、その友達である御門さんにも同じ調子で話してしまったが……距離感が難しい。


「三久は、そうですね……かなり緊張してたと思います。先輩たちには明るく振る舞ってはいましたけど、私やゆっぺから見て微妙に空回りしていたというか……」


「やっぱり」


 いつもの『抱っこ』である程度元気にはなったかと思ったが……やはり直前になればそうなってしまうか。


 緊張してしまう気持ちは痛いほどにわかる。俺も、それが原因で大学に落ちたと言っても過言ではないのだから。


「なので、滝本さんも三久のこと応援してあげてください。滝本さんの声じゃ届かないかもしれないですけど、私たちの近くにいれば三久も見つけられるかもしれないので」


「はは……はっきり言うね」


「はっ、ついつい本音が……すいません」


「大丈夫、気にしないで」


 まあ、事実だし、こういう性格も直していかなければならないので、逆に指摘してくれたほうがありがたい。


 結局、三久にはどういう言葉をかけていいかも思いつかなかったし……とりあえず、慎太郎さんや三枝さんと混じって声を上げればいいだろうか。


「ちょっとちょっと真理~、なに滝本さんと二人で話てんの、ずるいぞ~」


「へへ、いいだろ。独り占めしてやったぜ」


「むぅ? ちょっと滝本さん、真理ばっかり構ってずるい! 私も私も」


「ダメ、この時ばかりは私の」


 そう言って、二人が俺の両サイドに陣取って争いを始めた。


 いつもならここに三久がいるので引きはがしてくれるのだが……誰か助けてほしい。


 ――カシャ。


 と、ここでどこからかスマホのシャッター音が響いた。


 音のしたほうを向くと、そこにはスマホをこちらに向けた三枝さんの姿が。


「いえ、あの、これはですね違うんですよ」


「うふふ、これは三久に報告しておかないとね?」


「遥くん、君ってやつは……!」


 どうやら状況は最悪なようだ。

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