第46話 さいだー
俺的に助かったのか、そうでないのか。
差し入れである温泉サイダーを三人で飲みながら、せっかくなので、カナ姉にも話を聞いてもらうことにした。
クーラーボックスの中でキンキンに冷やされたサイダーが火照った体をゆっくりと冷やしていく。心臓の方は、まだ少し先ほどの余韻を残しているが。
「……」
三久を見る。カナ姉と仲良く雑談をしていて、普段通りだが、俺の方にはあまり視線を合わせてくれない。時折視線は感じるのだが、俺がそれに気づいてちょっと目が合うと、どことなく恥ずかしくなって、逸らしてしまうのだ。
というか、さっきのは本当に危なかった。普通ならこの時間に車が来ているなら気付きそうなものだが、俺も、そして多分三久も、周囲の音など何も聞こえていなかった。
よく二人の世界に入り込む……か。確かに皆の言う通りだ。あんなふうになると、三久のこと以外、何も頭に入ってこない。
……あれ? もしかして、それってあまり良くないことなのでは。
「ふ~ん、遥の妹ちゃんがねえ……そりゃ大変だ」
「でしょ? おにちゃんはちゃんと頑張って怒ったのにさ……結局しばらく居つくことになっちゃったし」
大人しくなったとはいえ、春風のいいように事が運んでしまった気がするし、今しおらしくなったところで、どこかのタイミングでまた色々と邪魔をしてくる可能性はある。
「……とりあえず、二人の言いたいことはわかったよ。二人のデートを春風ちゃんが邪魔しないよう、協力してほしいってことね」
「「っ……!? そっ、」」
「え? だって、二人ともそのつもりで夏休み過ごすんじゃないの? ウチの町、この時期は結構県外からも人が来るし、イベントだってそこそこ目白押しだから、てっきりそうだと思ったんだけど。違うの? 違わんよね?」
「そりゃ、まあ……」
「そ、そだけど」
どうやらカナ姉にはバレていたようである。まあ、俺たち二人のことはカナ姉が一番わかっているので、お見通しなのは当たり前か。
春風の件でごたごたするかもしれないが、俺との二度目の夏休みは三久が一番楽しみにしていたことなので、海や花火大会、野外ライブなど、三久が予定していることには全部付き合うつもりだ。
「遥の妹でわがままの天才ちゃんか……私は正直、ちょっと興味あるかも」
「え~?? カナ姉ってば、正気? あの子、まだ14歳のくせしてほんっと生意気だよ。なにが天才だよ、あんなのただクソガキだよ」
「こちとらそのクソガキのこと十何年と見てるからね。経験が違うよ」
「ねえ、そのクソガキってもしかして私のこと言いようと? いや、ぜったいそうやんね?」
「お? なんだなんだやるかクソガキ」
「むーっ!」
「二人とも、あんまり騒ぐと怒られるから……」
なぜかヒートアップし始めた二人の間に割って入る。
三久とカナ姉、基本仲良しなのだが、たまにこうして熱くなることがあるんだよな……そういえば昔も、カナ姉の駄菓子屋でそんなことがあったような。
「ほら、三久」
「むー、だってカナ姉が……」
「カナ姉も、あんまり三久をいじめるの禁止」
「へいへ~い」
こうして考えると、滝本家でも、そしてこの幼馴染三人組でも、俺はちょうど真ん中で、そしてどちらも損な役回りだ。
「ところで、お二人さん」
「「……なに?」」
「アンタたちさっきまで微妙に距離あったのに、それはもういいん?」
「「え……」」
カナ姉に食って掛かろうとしていた三久を引き離すためとはいえ、ちょうど今、俺と三久は再び抱き合うような形になっている。
「っ、三久、ごめんつい……」
「あ、いや、私はだいじょぶ……」
さきほどの状況を思い出して、すぐさま三久から離れようとしたところで、
「……ああもう、お前ら~!」
「っ……」
「きゃっ……」
突然カナ姉が、無理矢理俺たち二人を巻き込むようにして抱き寄せてきた。その拍子に、ふたたび密着する俺と三久。
「じれったいんだよ、二人とも! いい加減はっきりしな!」
今までわりと大人な対応だったカナ姉が珍しく怒っている。どうやらキス未遂から今までの煮え切らない態度が原因のようだが、俺も三久も呆気にとられてしまう。
「遥、それに三久」
「「は、はいっ」」
「アンタたち、互いのことどう思ってんの?」
どう思うかって、そんなの。
「それは……だ、大事な幼馴染だけど」
「……わ、私も」
「そうでしょ? 仲いいんでしょ? 恋人同士とかそうじゃないとか、そういうのはは置いておくとしてさ、一番大切にしたい幼馴染なんでしょ? そうやってくっついてても、別に嫌じゃないんでしょ?」
当たり前だ。でなければ、さっきのように、一時の気の迷いでキス寸前までいったりなんかしない。
「なら、ちゃんとお互いそうやってしっかり掴んで離さないようにしな。じゃないと、恥ずかしいからって距離置いてるうちに、もう二度と掴めないかもしれないんだよ」
「カナ姉……もしかしてそれ、自分の体験談だったりする?」
「……わ、私のことは、今はどうでもいい」
どうやらカナ姉にも甘酸っぱい青春時代というものがあったらしい。自分の経験も踏まえて、俺と三久を諭してくれているのだろう。
「三久、最初のデートの予定はいつ?」
「デートって……えっと、とりあえず月末に部活の大会があるんだけど、おにちゃんに応援に来てくれるかな。お父さんとお母さんも一緒だけど」
「ようし、わかった。じゃあ、その時に適当に理由つけて春風ちゃんを朝っぱらから連れ出せばいいね」
「そうしてもらえると嬉しいけど……なあ?」
「うん。大会終わった後、ご飯とか食べに行くつもりだし……」
やけになった勢いもあるだろうが、カナ姉がものすごく頼もしく見える。俺と三久を、他の違う誰かさんに重ね合わせているのだろうか、絶対に俺たちをくっつけたいらしい。
その後の予定についても、カナ姉は三久から聞き取りをしていく。カナ姉も仕事で忙しいはずだが、意地でも全部やってくれるようだ。
……この状態のカナ姉なら、夏休み終わりまで、春風をしっかり抑え込んでくれる気がする。
「よし、じゃあこれから幼馴染三人力合わせて頑張るよ。ほら、二人とも、円陣組むから、もっと近くによって。顔近づけて」
なんだろう、このテンション。カナ姉、こんなキャラじゃなかったはずだが。
「はい。じゃあ、『せーの、おー!』でいくよ。せーの……」
「「せーの……」」
気合を入れようとした瞬間、カナ姉が突然俺と三久の頭を掴み、
「……とりゃっ」
そのまま顔を近づけて、互いの唇に触れさせたのだ。
――ちゅっ。
頬でも首筋でもない、今度こそ、正真正銘の唇同士のキス。
「「……」」
数秒間、何が起こったかわからず、唇が触れ合ったまま、互いに瞳をぱちくりさせる俺と三久。
「はい、お節介終了っと。よかったね、二人とも。さっきの続き、ちゃんと出来たじゃん」
「な、ななっ……!」
まさか、カナ姉。
今までのおかしなテンションは、全部これをやるためにわざと――。
「三久、ご、ごめっ……!」
「いや、こっちこそ、あ、あのっ……!」
唇に触れた柔らく、そしてわずかに湿った感触に我に返った俺は、すぐさま三久から距離をとった。
「ったく、たかがチューするぐらいでそんなに慌ててどうすんのよ。そんなんじゃこれから先が思いやられ――」
「「カ、カナ姉ッ!!」」
こんな不意打ちみたいな形で、三久と――。
「よし、次は早速春風との顔合わせだな。こういうのは勢いってのが大事だから――ごめんくださーい!」
「あ、こら……行こう、三久」
「う、うんっ」
今度は春風のほうへ向かっていったカナ姉を、俺たちは追いかけていく。
口に残るわずかな甘みと、鼻から抜けるサイダーの香料の匂い。それが、俺にとってのファーストキスの記憶となった。
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