第45話 しょうめい
祖母交えた四人の話をすべて終えた後、いったん、俺は三久とともに外へ出ていた。
「――おにちゃん、どうだった?」
「……うん、」
ある人との通話を終えた俺は、家から少し離れたところで待っていた三久のもとへ。庭で会話しても俺はよかったのだが、この前のキスの件が三枝さんにバレてしまったらしく、玄関先で俺と会話する度にからかわれるのだとか。
……慎太郎さんにバレたら、殴られるどころじゃすまないな。
まあ、それはさておき調査結果だ。
「母さんが教えてくれたよ。春風の言ったことは、だいたい本当のことみたいだ」
俺が確認をとったのは、この時間に唯一自宅にいる母さんである。まあ、父も兄も今は仕事で忙しいのは知っているし、父や兄に確認をとったところで『お前には関係ない』で終わってしまっただろう。
春風がこっちに来ているという連絡をした時、母さんはそのことを聞かされていなかったようで、電話口でもはっきりわかるぐらいに焦っていた。友だちと旅行に行くから――それだけ言い残して、制止もきかずに出て行ったと。
「おばさん……は、なんて?」
「言って聞くような子じゃないから、あの子が気のすむようにさせてやって頂戴、ってさ。父さんには伝えておくからって」
「……滝本の人たちは勝手だよね。おにちゃんと私も、それにおばあちゃんだってあんなに慌てたっていうのに」
「本当にな。…まあ、そのおかげで知りたいことを聞けた感じだから、複雑なところなんだけど」
ただ、春風の言っていた『お見合い』のような出来事に関しては、本当のところを知っているのは父さんと春風本人の二人だけで、母さんも兄さんもその相手についての詳しいことは知らないのだという。
なので、一部はまだ嘘の可能性は残っているということだ。というか、そもそも今の時代に『お見合い』や『許嫁』というのは、どうにも真実味が薄い。
「でも、しばらくは様子見ってことにするんだよね?」
「実家がすぐに呼び戻してくれるんだったらよかったんだけど、母さんがあんな感じだし、仕方ないよ」
それに、あの春風の感じだと、出てけと言っても果たして応じてくれるか。家主である祖母も、俺の判断に任せるとは言っているが、春風も一応は孫なわけで、複雑そうにしている。
「あんまりこういうこと言いたくはないけど……やっぱり、おにちゃんは甘すぎるって、私は思う」
「……うん」
こればっかりは三久のほうが正論だと思う。
受験をおよそ8か月後に控えた俺がもっとも大事にしなければならないのは、自分自身の心の平穏と、そして環境である。
今後多少大人しくなるだろうが、それでも春風が滞在することの影響はあるだろう。
勉強についても、そして、こちらが最も大事なことだが、三久との夏休みについても。
「なんか、なかなかうまくいかないよね、私たち。おにちゃんがこっちに来てから色々あって、それをなんとか乗り越えて、さあこれからって時に、また面倒事が向こう側からやってきてさ」
「……だな、原因ばっかり作って、申し訳ないと思ってる」
「本当だよ。おにちゃんが来てから私、苦労してばっかり……でもね、」
そう言って、三久は俺の顔を真っすぐに見据えた。
頭一つ分身長差がある、幼馴染の女の子。上目遣いではにかむその表情に、俺の胸が思わず高鳴った。
「それでも私、今、毎日がすっごく楽しいよ? そりゃあ、たまに暗くなったり寂しくなったり、あとは、その、泣いたりすることもあったけど……それでも、おにちゃんがいてくれて、私は本当に良かったと思ってる」
「三久……」
「だからほら、おにちゃんもそんな顔しないでさ、楽しんでこうよ。春風ちゃんはまあ……正直邪魔だけど、でも、そのぐらいのお邪魔虫がいたほうが、その……こう色々と私的には燃え上がる、っていうか」
「……三久?」
三久がさらに一歩俺のほうへと近づいた。あとほんの数センチで、心臓どうしが触れ合うだけの距離。
「春風ちゃんのことは、許してあげる。もう決めちゃったことだし、私もできるだけ協力してあげる。……でも、そのお詫びといってはなんだけど、ね?」
「う、うん」
甘えるような、わずかに潤んだ熱っぽい瞳をこちらに向けて、三久は、ぼそりと言う。
「その……し、証明が欲しいなって……」
「証明?」
「うん。妹の春風ちゃんじゃなくて、幼馴染の私がおにちゃんの中で一番の優先順位だってこと。言葉じゃなくて、その、ちゃんとした行動で示してほしいなって。だから……」
そうして、俺の前で、三久は静かに目を閉じた。
両手を下ろしているから、ほぼ完全な無防備状態になっている。
「三久……その、具体的に俺はどうすれば――」
「それは……おにちゃんが私にしたいことなら、な、なんでも……」
「! なんでも、って……」
なんでもっていうことは、つまり、そういうことだ。
手を伸ばせば抱きしめられる距離に、三久がいる。汗と制汗剤が入り混じった柑橘系の甘い匂い――それによって、俺の心臓がさらに早鐘をうっていく。
「じゃ、じゃあ、行きます――」
「ん……」
俺は意を決して、三久の手を取り、そして、そのまま密着させるように抱き寄せた。
いつも腕にくっつかれているから慣れているはずだが、今はやけにドキドキとしてしまう。
繰り返しになるが、なんでも、ということは、つまり、そういうことだ。
過ごした時間はまだ少ないが、三久は俺の大切な幼馴染だ。それは多分、後にも先にもずっと変わらないと思う。肉親である滝本家の誰よりも、大事な家族の一人。
だが、それと同時に、俺は三久のことを女の子として、一人の異性として意識してしまっている。三久の控えめな胸が腕に押し当てられるたび、困惑しながらも内心ラッキーだと思っているし、買い物に行ったときの三久の水着姿は今も脳裏にしっかりと焼き付いている。
浪人生で、今はまだそんな資格はないのはわかっている。けれど、いずれは三久とそういう関係になれればいいと思っているし、三久も同じように考えていてくれると嬉しいと思う。だから、
「三久……」
「っ……」
俺の言葉に、三久がきゅっと唇を引き結び、そのままちょこんと突き出す。
いくら鈍感でも、ここまでしてくれれば何をすべきかわかる。
心臓が今にも口から飛び出しそうなぐらいドキドキしている。これからやることを考えると恥ずかしくて死んでしまいそうだが、しかし、ここまで来たら俺も男なのでやるしかない。
三久を抱き寄せたまま、俺はゆっくりと三久のほうへと顔を近づけていく。
かすかに鼻をくすぐる相手の吐息を感じつつ、俺は自分の気持ちのままに、三久とキスするべく唇を近づけていって――。
「――お~い、遥に三久。そんなところで突っ立って何やってんだ? そこにいられると車を中に入れられなくて困る――」
「「!!??」」
突然かけられた声に、俺と三久は思わず心臓が止まったかのように固まる。
絶妙のタイミングで現れたのは、いつもの軽トラックに乗って差し入れに現れたもう一人の幼馴染であるカナ姉だった。
「あ……えっと、常連さんが温泉水サイダー差し入れしてくれたからさ、遥と三久にもおすそ分けしようと思ってきたんだけど……なんか、その、ごめんな?」
「いや、こっちこそ……気づかなくて……」
「う、うんっ……」
弾かれるように俺と三久は離れた。
やっぱり、俺と三久、呪われているかもしれない。
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