第39.5話 しゅうらい
妹の春風が、俺に会いに来た。
そのことで、日中の俺は頭がいっぱいだった。
「――……、だから、ここの数式をこう応用してやることで、……で、最終的な解は……」
俺は今予備校にいて、そして黒板の前では岩井さんが真面目に講義をしている。
しかし、いつもの最前列ど真ん中の席にいても、岩井さんの言っていることが一切頭に入ってこない。
(え、と……X=春風だから、それをこっちの式に代入してYを……)
「って、違う違う!」
「えっ? 滝本君、僕、どっか板書間違えてとこあった?」
「あ……」
しまった。つい心の声が出てしまった。
「えっと、すいません。僕の勘違いだったみたいで……」
「あ、そう? いきなり立ち上がって大声出すもんだから驚いちゃったよ」
「はは……本当、申し訳ないです……」
周囲の視線が……死ぬほど恥ずかしい。
すぐに座って、数学のノートに突如現れた妹を消しゴムで消しにかかる。
自分でもわかる。相当混乱している。慌てている。
急な訪問だったので、ひとまず、春風には家で待ってもらうようお願いした。何の連絡もなしに来たので祖母の驚いていたものの、だからと言って俺の妹を無碍にすることもできない。
ただ歳の離れた妹が訪れただけ――にもかかわらず、俺と祖母を慌てさせるには十分だった。
「……ねえ、」
つん、と隣の席の乃野木さんからボールペンで脇をつつかれた。
朝は妹の来客のせいもあって遅刻してしまったため、乃野木さんとはまだちゃんと話していない。
(滝本、ケータイ)
「え?」
(そっちで話聞く)
口でそう言って、乃野木さんがスマホをいじり始めた。
(乃)「で?」
(滝)「いや で? って言われましても」
(乃)「今度は何があったん?」
(滝)「別に何も……いや、ごめん」
(滝)「今のなしで」
(乃)「ん」
(滝)「今朝、妹が突然家に来て」
(乃)「妹? 三久ちゃんじゃなくて?」
(滝)「本当の妹です」
(乃)「いもうと、いたんだ」
(滝)「まあ……はい」
(乃)「で? それがどう違うワケ?」
(滝)「あの……なんていうか家庭の事情ってやつで」
(乃)「ああ~……」
乃野木さんはそれでなんとなく察してくれたようで、
(ごめん、それは私じゃ無理だね)
謝るような素振りで、乃野木さんはそう口を動かした。
いや、むしろ余計なお節介を焼いてくれなくて非常に助かる。
なぜなら、この件、すでに巻き込んでしまった子が一人いるからだ。
「まあ、なんていうか……がんばりなよ」
「うん、じゃあまた明日」
残りの授業をなんとかやり過ごし(結局勉強にならなかった)、乃野木さんとの挨拶をそこそこに予備校を出ようと玄関へ向かうと、
「! おにちゃん」
「! 三久」
学校からすぐ俺の予備校に来たのだろう、すでに待ち構えていた制服姿の幼馴染が、俺のもとに駆け寄ってきたのである。
これ以上、三久が滝本家に関わるのは避けたかったが、あのシチュエーションなら、仕方ないだろう。
「……おにちゃん、私、とことん付き合ってやるけんね!」
それに、俺が言っても、こうなった三久は誰にも止められないわけで。
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