第38話 うちあげ
そうして、5日目、6日目と過ぎて、同居生活の7日目。最終日の夕方ごろ。
予備校終わりの俺は、三久の高校近くのファミレスを訪れていた。
同居生活5日目から始まっていた高校の期末テストが本日終わったので、その打ち上げと、俺の風邪がめでたく治ったので、その快気祝いということだった。
「よっしゃ~! テスト終わった~! かんぱーい!」
「ぱーい」
企画してくれたのは、由野さんと御門さんだった。テストの件もあって、しっかりとお礼がしたかったらしい。
「滝本さん、マジで感謝ですよ~なんせノートに書かれてた問題ドンピシャだったんですから」
「おかげで赤点は余裕で回避できそうです」
今回は赤点を回避できても、次、また次とテストはあるので、すこしでも勉強の習慣をつけて欲しいと思う。
「三久はどうだった?」
「私もばっちりだったよ。満点かどうかはわからないけど、90点以上はいけると思う」
風邪のほうは同居生活五日目の時点でほぼ完治していたので、細かいところのみだが、三久にもしっかり教えることが出来た。
全教科90点以上なら、かなりの上位を狙うことができるだろう。
「ありがとね、おにちゃん。風邪だったのに、色々と無理させちゃって」
「いや……いいよ。俺も、三久には心配かけっぱなしだったから」
風邪を引いている間は、ずっと三久に看病されっぱなしだった。せっかく決めた家事分担も、結局三久が全部やってくれたし、申し訳ない思いしかない。
「えっと……こちらこそありがとうな、三久」
「おにちゃん……えへへ」
俺が控えめに頭を撫でると、隣に座る三久は気持ちよさそうにふにゃりとした笑みを見せる。
こうしてやると嬉しいことが最近わかったので、三久にお礼をするときはやっておいたほうがいいのかも。
「……ねえ、由宇ちゃん。もしかしてさ、この二人って、いっつもこんな感じで二人の世界を生成しちゃうワケ? さすがにいっしょにいて恥ずいんだけど」
「最近は特にそんな感じっスね。勉強にかこつけて、いったい何をやってるのやら」
「っ……す、すいません」
そんな声が聞こえてきて、俺たちはすぐさま離れる。
やっぱり撫でるのは誰もいないときにしておこう。
今更ながらに恥ずかしい。
「あの、ごめんなさい、ノノさんのことも誘っちゃって。迷惑じゃなかったですか?」
「ん? いや、私もこんなふうにわちゃわちゃすんの久しぶりだからね。浪人生だけど、まあ、たまには息抜きも必要でしょってことで」
今日の集まりには、三久の提案で乃野木さんにも参加してもらっている。
由野さんや御門さんとは買い物の時以来でほぼ初対面だが、この十数分の間で、二人ともすっかり懐いている。
乃野木さん、やはり姉御肌気質なところがある。
その後、テストの話や部活の話をしているうちに、注文していた料理が運ばれてきた。メインのセットに始まり、サイドメニューやデザートなど。どうやらこれでも三人には足りない量らしい。さすが、部活をしているだけあって、食欲旺盛だ。
「じゃ、私らは新しい飲み物もってくるから。滝本、手伝って」
「あ、うん」
料理にがっつく三人を置いて、俺と乃野木さんはドリンクバーへ。
そして誰もいなくなったところで、乃野木さんがぼそりと。
「ねえ、滝本」
「なに?」
「三久ちゃんとはヤッたの?」
「ぶっ……!?」
あまりにも直球の質問に、思わずトレイに乗せていたコーヒーをこぼしそうになる。
「や、やったって……なにを」
「は? そんなのエッチに決まってんじゃん。で? いったの、いってないの?」
小声で周囲に配慮しつつも、乃野木さんはどんどん俺に迫ってくる。
ヤっただの、いっただの……遠慮のない人だ。
「そ……そんなわけないでしょ。浪人生と高校生になにを期待してるの」
「いやいや、そんぐらいフツーでしょ。アンタこそなにぼやっとしてんの」
コップにジュースを注ぎながら、乃野木さんは言う。
「アンタの気持ちはともかく、三久ちゃんはどう考えてもアンタのこと好きでしょ。アンタへの態度、アンタを見る目……薄々でも気づいてんじゃない?」
「そう、なのかな。やっぱり」
今までそんな経験は皆無なので、確実なことはわからないが、これまでの三久の行動を振り返ってみると、そう感じることは多々ある。
再会してからの俺への積極的なスキンシップや、今日までの同居生活のことだってそうだ。
なんにも思っていない人間に対して、年頃の女の子がそこまですることなど、絶対にありえないはず。
「……でも、さっきも言った通り、俺と三久は浪人生と高校生だし、そんなことやる暇があるなら、勉強とか部活に専念したほうが――いたっ!」
「ヘイヘイ、このチキンボーイ」
またお尻を蹴られた。せめて何も持っていないときにしてほしい。
「それはモテない奴らのただのやっかみでしょ。確かに恋愛にかまけて他がおろそかになるやつもいるだろうけど、逆にそれがモチベーションになって上手く行く場合だってある。そして、アンタは絶対に後者だ」
「絶対にって……言い切るね」
「100パーね。三久ちゃんがいなきゃ、アンタはまたダメになる」
乃野木さんの言う通りかもしれない。
こちらに来て一か月半ほどだが、昔のことが原因で調子がおかしくなるたび、三久には助けられた。
一時期がくっと落ちた成績も、今はしっかり持ち直している。おそらく、次の模試あたりで再び上位に返り咲くだろう。
それはきっと、三久がいなければできなったことだ。だから、彼女にはとても感謝しているし、これからも一緒にいてくれれば、と思う。
「だからってすぐに恋人同士っていうのは、やっぱり違うと思う。もちろん、いずれはそういう関係になれたらとは……まあ」
「……はあ。めんどくさい男だね、アンタも。あんなに純粋で真っすぐな子なんて滅多にいないんだから、さっさと自分のものしちゃえばいいのに」
乃野木さんは呆れ顔だが、しかし、一線はしっかり引いておかないといけない。
俺と違って、三久には慎太郎さんと三枝さんという、娘の将来のことを心配しているしっかりとした両親がいる。俺もよく世話になっているし、自分の気持ちだけで、周りのひとたちのことを何も考えないのは、やはり違うと思うのだ。
「まあ、ちょうど夏休みだし、やるやらないにしても、中途半端にせずに、きちんと気持ちは伝えておいた方がいいよ。じゃないと――」
「……なに?」
「あ、いや……そうそう、他の男にとられちゃうかもねって話だよ。由宇ちゃんが言ってたけど、三久ちゃん、結構モテるらしいし」
ステーキを口いっぱいに頬張っている今の様子からだと想像できないが、大人しくしていれば三久はかわいいし、まあ、そういう事もあるかもしれない。
クラスの男子、もしくは先輩から告白されたり、アプローチされたり……なぜだろう、胸のあたりがなんだかぞわぞわとして落ち着かない。
「あ、おにちゃんお帰り。……遅かったけど、ノノさんと何話してたの?」
「ん? まあ、これからのこと。夏は受験生にとって大事な時期だから」
戻ってすぐに三久に怪しまれたが……まるっきり嘘は言っていないと思う。
三久たちが夏休みを迎えるまで、あと一週間ほど。
十二年ぶりに向かえる三久との夏。今回は、いったいどうなるだろうか。
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