第34話 べんきょう 2


 いつもは食卓となっているテーブルを囲んで、期末テストに向けた勉強が始まった。


 数学I,英語、古文……並べられた教科書が、微妙に懐かしく感じる。高校を卒業してまだ4か月と経っていないというのが、まるで嘘みたいだ。


 それと、目についたのはそれぞれの脇に置かれた通学用の鞄。ぬいぐるみやキーホルダーなどのアクセサリを沢山つけている由野さん、逆になにもつけていない御門さんなど、わりと性格が出ている。


「おにちゃん、なに見てるの?」


「ああ、なんか鞄に個性があるなって……三久は結構控えめなんだな」


 三久はというと、ファスナー部分に小さなクマのキーホルダーがついているだけだ。しかも、塗装が大分剥げている。かなり長い間使い込んでいるみたいだ。


「うん。ゆっぺみたいにゴテゴテなのは重くなっちゃうし、それに、私にはこれだけあれば十分だから」


「……大事なものなんだな」


「うん。私にとっては、すっごい宝物なんだけど……」


「ん?」


 三久がじとっとした目線を俺に向けている。


「……ばか」


「??」


「ほら、早く勉強始めよ? ゆっぺとまり、堪え性がないからほっとくとすぐ遊びはじめちゃう」


 頬をむくれさせて、三久が人数分の麦茶を盆にのせて持っていく。


 三久をまた不機嫌にさせてしまったが、古いからといってバカにしたつもりはないし、誤解されるような言動でもないはずだが……うーん。


「滝本先生、今日はよろしくお願いしやす」


「うす」


「うん。ところで、二人はテスト成績どんな感じだったの? 苦手な教科とか、得意な教科はあるよね?」


「全部っすね」


「ん?」


「だから、全部っすね」


 御門さんも同じようにうんうんと頷いた。


「……全部だめ?」


「あはは~……正直、差はないっすね」


 それぞれの中間テスト時点での点数を訊いたが、確かにどの教科も似たり寄ったり……というか、似たり寄ったりで赤点ぎりぎりだった。逆に器用だなと感心するほどである。


「期末は中間よりも難しくするそうなんで、このまま行くと補習確実なんですよ。部活休んだら顧問には怒られるし、補習で夏休みは削られるし……なので、助けてください!」


「お、同じく……」


 水着も張り切って選んでいたようだし、確かに、予定がつぶれるのは避けたいところだろう。早ければ二年次から大学入試のための準備を始める子たちも少なくないなかで、一年生はまだ余裕がある時期だ。補習なんかせず、思い切り遊びたいはず。


「ゆっぺとまりが授業中寝てるからダメなんでしょ……先生の話聞いて、ノートもちゃんと取ってれば平均点ぐらい余裕だよ」


「しょうがないじゃん。勉強わからないから、眠くなるんだもん」


「あれは魔法。脳が理解を拒否する」


「なるほどね……」


 勉強に限らず、そういう人は確かに一定数存在する。理解できないものを理解しようとするのは、とても疲れるものだ。解決が難しいことも。


「ところで試験はいつから?」


「三日後す」


 時間もそんなにないか。なら、今回は一夜漬け方式でいこう。しっかりした理解はその後でもいい。


「由野さん、範囲はわかる? 今回と、それから前回の分も」


「うす」


 由野さんにスマホから画像を送ってもらって、全教科の範囲を確認する。


「幸い教科書はあるから……三久」


「うん?」


「ちょっと内職してくるから、その間、二人を任せていい? 英単語とか、暗記がいるのだけやってくれればいいから」


「それは大丈夫だけど……何するの?」


「予備校の真似事……かな」


 そう言って、俺は三久から借りた教科書をもって自室へと移動した。


 いきなり80点以上をとれ、全教科平均点にしろ、だとさすがに無理だが、赤点回避ぐらいならなんとかやってみせよう。


 浪人生とはいえ、一応は、元全国一位。もちろん高校でも同じだ。


 あまりいい能力の使い道ではないが、決して否定もしない。


 過程も大事だが、とりあえず目先の結果を残すのも大事。


 悲しいことだが、それは俺も良く知っている。


 ※


 一時間ほどで内職を終えた俺は、三久たちの待つ居間へと戻った。


 もしかしたらだらけているかも、と心配したものの、由野さんも御門さんも、英単語帳とにらめっこしながら、しっかりと頑張っているようだ。


「あ、おにちゃん、お帰り。……そのノートは?」


「赤点回避のための特別ノートってとこかな。……はい」


 三人に渡したのは、全教科について、テストで確実に出題されそうな箇所を予想して、問題にしたもの。まあ、つまりはヤマを張ったものである。


 進学校ならともかく、三久たちの高校の学力は標準、もしくはわずか下回る程度のようなので、教科書を眺めていれば、半分くらいは的中させられる。


 先生たちだって、赤点はできれば出したくないはず……なので、その立場で思考をトレースさせる。


「とにかく理屈は抜きにして、今はそれだけ覚えていこう。テスト勉強なんて、問題を解いてなんぼなところもあるし」


「うん……これなら思ったよりも勉強量は少ないし、私やまりでも頑張れるかも。ねえ?」


「うん。これはいける」


 範囲をぎりぎりいっぱいまで絞ったので、三日間頑張れば二人でもしっかり暗記できるだろう。知識として身にはつかないが、今は目の前の試練を乗り越えるのが最優先で、それが俺に頼まれた仕事だ。


「あ、ありがとうございます、滝本さん! これで私たちも無事シャバの空気を吸ったまま夏休みを迎えられそうっす」


「これからはアニキと呼ばせてくだせえ」


「気が早いな……まあ、それはヤマが当たったらね。あと、ちゃんと勉強すること」


「「はーい」」


 これで赤点を回避して、さらに予想以上に点数が伸びたのならしめたものだ。結果が出れば、多少は勉強に対する向き合い方も変わってくる。やり方さえわかれば、勉強でもなんでも楽しさを見出せる瞬間はくる。


 勉強は、俺も嫌いではなかったから。


「……おにちゃん、やさしいね」


「そりゃ、二人には迷惑もかけてたからね。三久だって、そうだろ?」


「そりゃそうだけど……」


「大丈夫、後でちゃんと三久の分も見てやるから。三久は二人と違って、しっかり教えないとダメだろうし……二人が帰ってからな」


「ふにぇっ――!?」


「うん?」


 ご機嫌斜めだったはずの三久の顔が途端に赤面する。


「もともといい点数をさらに上げる方が難しいから、三久にはしっかり時間割いたほうがいいと思って……必要なかったかな?」


「えっ!? あ、いやいや、そんなことっ……そ、そういえばそうだったね、よね。私たち、今は一緒に住んでるんだもんね……おにちゃんと二人きり……えへへ」


「……三久?」


「な、なんでもないっ。あ、おばあちゃん帰ってきたから、そろそろご飯にしよっ? おーい、ゆっぺ、まり~」


 慌てた様子で二人の輪の中に戻っていく三久。


 不機嫌になったりあたふたしたり忙しいが、機嫌は戻ってくれたのでよしとしておこうか。

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