第35話 ふらふら


 三久との同居生活3日目。


 今日で、いったん前半が終わる。3日目までで慎太郎さんや三枝さんが納得いかないところがあれば、そこで俺と三久の同居は打ち切りになる。問題なければ、予定の7日目まで進む。


 まあ、1日目2日目と、特に危ないこと(スキンシップ的な意味で)はしていないので、問題はないはずだ。


 きっちり約束事も決めたので、ハプニング的なこともない。お互いの部屋に入る時はノック、お風呂やトイレの時も、いないとわかっていても必ずノック。


 提案したのは俺だったが、このおかげで着替え中に勝手に部屋に入ってこられることもない。俺は男だが、それでも着替え中に三久に入ってこられるのは避けたい。


 ちなみに、俺から三久の部屋には絶対に行かないことにしている。


「おはよ、おにちゃん」


「うん、おはよう」


 朝起きて、三久と並んで洗面所で顔を洗い、歯を磨く。まだ三日目だが、すでに自分の家のようにふるまっている。まあ、今は一応『家族』という扱いなのだけど。


「おにちゃん、髪ぼさぼさ」


「そりゃ寝起きだし」


「だーめ、それじゃしゃっきりしないよ。……はい、頭貸して」


 そう言って、三久が自分の櫛で俺の頭を梳き始める。しつこいところは、ドライヤーを使って。


 いつもはねぐせがあっても、適当に水をつけて手櫛でやっていたので、ここまで丁寧にされるとなんだか戸惑ってしまう。


「はい、綺麗になった」


「ありがとう。……そういえば、三久は寝ぐせないよな」


「そりゃ、起きたらすぐ直してるからね。そのままだと頭爆発状態でみっともないし」


 三久の頭ボサボサ姿……ちょっとだけ見て見たい気もする。


「……あ、見たいって顔してる。ダメ、見せないからね」


「俺は別に気にしないけどな……油断して頭爆発させてる三久も、それはそれで三久らしいし」


「そっ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……とにかく、そういうお年頃なの」


「そういうもんかなあ」


「そういうもんなの」


 ということは、どうしても見たいのなら寝起きを見る必要があるので、一緒に寝るしかないのか。


 ……うん、やっぱりやめておこう。


「――へぷちっ」


 くだらないことを考えていると、隣の三久からそんな声が。


 くしゃみか。俺と違って控えめで女の子らしい。


「風邪か?」


「ううん、大丈夫。今日はいつもより涼しいから、そのせいかも」


 そういえば、一日目二日目と較べて蒸し暑くない。梅雨の時期ということもあって、割と気温の上下が激しかったりする。空も若干だが淀んどいて、もしかしたら一雨くるかもしれない。


 一応、携帯用の合羽も鞄のなかに入れておくか。傘でもいいが、自転車なので危ない。



 ※



「……寒い」


 電車に乗っていた時は弱冷房車両だったので気づかなかったが、ガンガンに空調の効いた予備校の教室に入った瞬間に自覚した。


 三久の風邪を心配していたが、体調を悪くしていたのは俺のほうだったらしい。


「うーす」


「お、おはよう」


「ん。……ったくもう」


 やっぱりわかりやすいのか、すぐさま乃野木さんが教室の冷房の温度を調節してくれた。


「乃野木さん、ごめん……」


「別にいいよ。ってか、ここの冷房マジききすぎだからね。冷え性の女の子には辛いところだし、まあ、別にいいっしょ。ね、岩っち」


「……それはいいけど、ぎりぎり遅刻だよ。あと岩井さんね」


「うーす、岩っち」


 暑がりの岩井さんには悪いが、今日のところは出来るだけこのままにしておいてくれるとありがたい。


 そう、今日のところは……



 ……と思ったが、半日ともたなかった。


 初めのうちは多少寒気がするだけだったが、時間が進むにつれてどんどんと悪寒がひどくなり、そしてついには意識がもうろうとし始める始末。


 おそらく熱もかなりあるだろう。


「滝本、大丈夫?」


 大丈夫――と言うとどうせ怒るので、素直に白状する。


「……ごめん、ダメかも」


「ん、オッケ。それじゃあ、さっさと近くの病院寄って帰んな。先生には私から病欠だって伝えておくからさ」


「ありがとう……じゃあ、俺はこれで――」


 と立ち上がろうとしたところで、視界がぐらりときた。


 まずい、これはなかなか重症である。


 体温計がないので計っていないが、おそらく38度は軽く超えているだろう。


「こりゃ駄目だ……まったく、世話の焼ける優等生さんだよ、本当に」


「? 乃野木さんなにを――」


 乃野木さんがこちらに背中をむけてしゃがみ込んだ。


「……おぶってやるって言ってんの、ほら、早く乗り」

 

 何かと思えば、あまりにも情けない俺の惨状を見かねて背負ってくれるようだ。


「いや、別にそこまでやってもらう必要は――」


 立ち上がろうとしたところで、またしても力が入らなくなる。


「……必要は?」


「あります」


「よろしい」


 すべてをあきらめて、俺は乃野木さんの背中にしがみついた。


「すいません、重くて」


「ほんとだよ。まあ、私ぐらいの女の子になれば、滝本ぐらいのもやしっ子の運搬ぐらいわけないってこと」


 普段はぶかぶかのパーカーばかり着ているのでわかりにくいが、そこまで華奢というわけではない。三久と較べると、大分感触は違っていた。


「……ねえ、滝本。これは勘なんだけどさ、アンタ、私に背負われておいて他の女の子のことちょっと考えてない?」


 鋭い。第六感ってやつだろか。とにかく鋭敏過ぎる。


「……そ、そんなことないよ」


「ふーん……ま、いいけどさ。どうせ三久ちゃんの背中と較べてたんでしょ、このスケベ」


 ……なぜそこまでわかるのだろう。

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