第26話 はじめて


 深夜三時。


 俺たち以外誰もいない砂浜で、ささやかな花火大会が始まった。


「ねえ、最初何にする?」


「う~ん、やっぱりその一番デカいやつかな」


「打ち上げか~、いいね。やろやろ!」


 砂浜の中心に『一発』と書かれた大きめの筒を置き、加奈多さんが導火線に火を点ける。


 ――ポンッ!


 という甲高い音とともに火球が空へと打ちあがり、少しした後に、パラパラと火花を散らしながら弾ける。


 大きさの割に少し地味だったが、しかし、ただ打ちあがるのを見るのでなく、自分たちで上げているのだと思うと、深夜テンションも手伝ってか、妙に楽しく感じる。


「よし次はドラゴンやね」


「ドラゴン?」


「こーんな箱型のやつ。つけたら噴水みたいに火花がバーッと吹き上がるんだけど……カナねえ、次これお願い」


「ん」


 こんな感じで、バッグ一杯に詰め込まれた花火を順調に消化していく。ロケット花火やネズミ花火、色のついた煙幕の出る玉から、手持ち花火まで。


「ほれほれ、お前ら、一本一本とかけち臭いことしないで、二本三本もって派手に振り回せよ。ひゃっはー!」


 19歳にもなってこんな子供みたいになって楽しんでいいのだろうと思ったが、俺や三久よりもはるかにはっちゃけている加奈多さんを見ると、ちょっと安心する。


 加奈多さんぐらい大人でも、こうやって遊んでいいのだと。


「おにちゃん、はいこれ。喉渇いたやろ? 一緒に飲も」


「ああ、ありがとう」


 花火の後処理のために持ってきていたクーラーボックスに入っていたラムネを、三久と一緒に開ける。


 加奈多さんの駄菓子屋に置いてあるいつもの商品だが、海で飲むと、また少し違った味に感じる。

 

 夜風に運ばれる潮の匂いと、沢山の花火で遊んだことによる火薬の匂い、それからラムネ独特の香料が一緒になって鼻を抜けていく。


「あんなにいっぱいあったのに、もうあとこれだけか」


「ね。楽しい時間はあっと言う間だよ」


 一時間経たないぐらいだと思うが、バッグに満載された色とりどりの花火たちも、手持ち花火がいくつかと、線香花火だけとなっている。


「今日はいきなりだったけど、次はゆっぺとまりも誘って、もっと盛大にやろうね。……あと、ノノさんとかも」


「ノノさん?」


「乃野木さんだよ。えへへ、まだ電話で話しただけなんだけど、すっかり仲良くなっちゃって」


 どうやら誤解を上手く解いてくれたようだ。しかし、もうすでにそこまで仲が良くなっているとは。


 三久と乃野木さん、いったいどんな共通点があって、そこまで意気投合したのだろう。


 特に三久は、初対面の時はかなりよそよそしいというか、警戒していたはずだが。


 仲がいいのは悪いことじゃないが……女の子のことは、やっぱり俺にはよくわからない。


「今日も楽しかったけど、次はこんなもんじゃないよ。もっともっと、今日のことなんか忘れちゃうぐらいに、おにちゃんのこと、絶対に楽しませてあげるんだから」


 そう言った三久だったが、そんなポジティブな言葉とは裏腹に、燃え尽きようとしている手持ち花火の光が照らすのは、悔しそうに唇を噛むような横顔だった。


「三久……?」


「はい、おにちゃん。最後の線香花火、一緒にやろ、ほらっ」


 だが、それも一瞬のことで、すぐにもとの明るい三久に戻ると、俺のほうに体を寄せてきた。


 心臓が不意に跳ねる。


 三久の体は華奢で柔らかくて、こんな時にどうすればいいかわからない。


 相変わらず慣れないが、しかし、こうして三久に甘えられるのは、嫌じゃない。恥ずかしいから離れて欲しいけど、それとは裏腹にもう少しこのままでいたいと思う自分がいる。


 あれ、俺、これもしかして――。


「派手にばーんばーんってなるのも好きだけど……実はこっちのほうが好きだったりするんだよね」


「あ、ああ、うん。綺麗だし、これならそんなに危なくもないしな」


「ふふ、なんかおにちゃんらしい」


 パチパチと静かに弾ける線香花火を、一本一本、今日の楽しかった時間を惜しむように、ゆっくりと眺める。


 時折、三久のもっているほうの線香花火が、俺のものとくっついて、少しだけ火花が激しく散って驚く。


 弱いものでも、二つ合わさればそれなりの勢いになるものだ。


 それを見た加奈多さんが調子に乗って束ごと火をつけようとしたので、それは止めておいた。


「……終わっちゃうね」


「うん」


「……お父さんたち、なんて言うかな? 怒られるよね、やっぱり」


「その時は一緒に謝ってやるよ。俺もなんだかんだ楽しんじゃったし」


「うん、ありがと、おにちゃん」


「ほら、最後の一本。三久にやる」


「いいの?」


「ああ。そのかわり、できるだけ最後まで粘れよ」


「うんっ。へへ、やっぱりおにちゃんはやさしいね」


 加奈多さんのライターを借りて、最後の線香花火に火を点けた。


「明るいな……もうすぐ朝か」


 気づくと、今まで真っ暗だった海が水平線の向こうから徐々に青い色を取り戻しつつあった。時刻はおよそ四時。そろそろ日が登り始める時間だ。加奈多さんのほうは、後片付けを始めている。


 初めての夜更かし。初めての夜遊び。


 きちんと予備校には行くが、眠気との戦いに苦労しそうだ。


 そんなことを考えている時だった。


 それまで元気に弾けていたはずの線香花火の音が、じゅっ、という音とともに突然消えたのだ。


 次に俺の目にうつったのは、静かにポロポロと涙を流す幼馴染の女の子だった。


「……やさしいね、おにちゃんは。こんな迷惑ばっかりの私にもやさしいのに、いい人なのに、どうして……ぐすっ」


 火花を消したのは、三久だった。正確には、三久の頬を流れ落ちた涙の雫。


「三久、どうした? 俺、また何かヘンなこと……」


「ううん、違う、違うよ。おにちゃんは何も悪くない。悪いのは私なんだ。勝手に首を突っ込んで、あっさり跳ね返されちゃった私の」


 三久は、消えてしまった線香花火を手放し、俺の胸に抱き着いて顔を埋めた。


「おにちゃん、ごめんなさい。本当は内緒にするつもりだったんだけど、どうしても悔しくて……」


「え……」


 突然襲った俺の体調不良と、それを心配する三久。


 そして突然の夜遊びの誘いに、今の三久の言葉。


 勝手に首を突っ込んで、そして、跳ね返されて――。


 ということは、まさか。


「三久、お前まさか……」


「っ、うん……おにちゃん、ごめんなさい。私、私……」


 俺の胸の中で、三久はゆっくりと打ち明け始める。


「電話しちゃったの……おにちゃんの東京の家に。悠仁ゆうじさん……おにちゃんのお父さんがいる家に」

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