第25話 よなかの


 訳も分からぬまま、三久や加奈多さんに言われるまま、俺は着の身着のまま外へ。


 深夜なので、三久の両親や祖母を起こさないよう、足音を殺しつつ――って、俺は一体なにをやっているのだろうか。


「三久と遥は荷台ね。この時間だから大丈夫だと思うけど、たま~に国家権力の皆様がパトロールしてるから、その時は横になって隠れること」


「あいあいさー」


「大丈夫かな……」


 三久の後に続いて、軽トラックの荷台に乗り込む。横には大きめの殻のダンボール箱が置かれていて、何かあった時にはこれを目隠しにしろということだろう。


 後は、三久の脇に置かれている大きめのスポーツバッグのようなもの。


「三久、その荷物は?」


「これは着いてからのお楽しみ。……カナねえ、こっちは大丈夫」


「おーし、二人とも、ちょいと揺れるから気ぃつけときな」


 エンジンがかかり走り出した瞬間、荷台がガタンと揺れる。


「ひゃっ」


 その拍子に、三久が俺の腕にしがみついた。

 柔らかい感触と、甘いシャンプーの香りがふわりと俺の鼻をくすぐる。


「っと……ご、ごめん、おにちゃん」


「いや、別に……」


 ちょっとだけ気まずい空気のまま、俺と三久は、遠ざかっていく自分たちの家を見届ける。


 外灯のない暗闇の田舎道を、軽トラックは快調に飛ばしている。通り過ぎていく風が夏の暑さで火照った体に気持ちいい。


 法定速度はちゃんと守っていると信じたい。


「こんな時間に遊びにいくなんて、私たち、悪い子になっちゃったね」


「本当だよ。おじさんとおばさんには……内緒だよな、やっぱり」


「大丈夫、そんな事態に備えて、ちゃんと『探さないでください』って、書き置きをリビングに残しておいたから!」


 ふふん、とどや顔を浮かべる三久。


 ないよりはマシだろうが……まあ、気づかれずに戻れることを祈っておこう。一応、俺も三久と同じく書き置きを残している。


「そんな過ぎたことはもういいよ。そんなことよりさ、ほら」


「?」


 三久がしきりに上のほうを指差している。


 上を見ろってことだろうが、一体なにが――。


「……ああ、」


 そういうことか。


 三久が指さした先に広がっていたのは、夜空を淡く照らしている満天の星空だった。


 雲一つなく、山の向こう側まで広がっている。


「綺麗だな」


「でしょ。私、この季節の夜って、結構好きなんだ。冬もいいけど、寒いの苦手だし」


 こんなふうにじっくりと夜空を見つめるのなんていつ振りだろう。学生のころも塾終わりなどで夜に出歩くことは多かったが、雨が降らないかどうかを確認するぐらいで、気に留めたこともなかった。


 夜の街の光が強すぎて、星なんて全く見えない。


「……おにちゃん、ここにきて一か月ぐらい経ったけど、どう?」


「ここの生活のこと?」


「うん」


「……不便、かな。やっぱり」


「あはは、だよね。私もそう思う」


 自転車での通学は無駄に時間がかかるし、買い物だって、近くのコンビニにすら、自家用車がないと困る。もちろんネットは通るし、スマホの電波だってつながるから利便性は上がっている。でも、だからといってここが田舎であるという本質は変わらない。


 十年経っても、二十年経っても、ここは多分ずっとこんな感じなのだろう。


「でも、私はこの町が好きだよ。そりゃ田舎だからって、いつものんびりしてるわけじゃないし、田舎特有、っていうのかな、嫌なことだってたくさんあるけど……それでも、星は綺麗だし、空気は気持ちいいし、後、ご飯もおいしいから。なんて、えへへ……変、かな?」


「ううん。三久らしくて、俺はいいと思う」


 俺も同じ気持ちだ。


 三久の言う通り不便だと感じることは、もちろんある。それでも、決してこの生活が嫌になったわけではない。


 俺にとって、この環境はいい環境……それは間違いないはずなのだが、なら、どうして。


「――着いたぞお二人さん。イチャってないで、ほら、さっさと降りる」


 そこからほどなくして、軽トラックが道端の駐車スペースに停車される。


 海に行くと言っていたが、海水浴場らしき場所はまだ見えない。周りに見えるのは松林だけだが。


「ここからちょっと藪ん中歩くから、はぐれないように。三久、遥のこと頼んだ」


「うん。いこっ、おにちゃん」


「あ、ああ……」


 いつもの通り、三久に手を引っ張られて、先を行く加奈多さんの背中を追いかける。


 松林の中は真っ暗だが、さすが地元民、加奈多さんも三久もそんなことお構いなしにどんどん進んでいく。


「おにちゃん、もしかして怖い?」


「そこまでは……でも、めちゃくちゃ静かだし、『出そう』な雰囲気だなって」


「ああ、ここはちゃんと供養されてるから大丈夫。でも、ここらへんって昔大きな合戦があったりしたらしいから、ヤバいところはマジでヤバいよ。あ、今度試しに行ってみる?」


「絶対に遠慮しておく」


 自然だけでなく、肝試し的スポットまで完備されてあるとは。


 この町、恐ろしい。


 途中、ぽつんと立っているお墓を横目に引き続き歩いたところで、ようやく次の光が俺たちを出迎えた。

「ほれ、着いたよ。遥、こっから見てみな」


「わ……」


 小高い崖の下から見下ろした先には広い砂浜と海が広がっていた。


 穏やかな波の音と、ふわりと吹いた夜風に混ざる潮の匂い。


 まさしく、俺の想像していた通りの『海』である。


 遠回りをしながらゆっくりと砂浜の崖をおりて、俺たちはそれぞれ砂浜に座り込んだ。


「で、海に来たわけだけど……何をするつもりなの? 泳ぐ、わけじゃないよな」


「うん。ちょっと足首だけとかならともかく、夜は危ないからね。……今日の目的はこっち!」


 どん、と置いたのは、三久が肩にかけていたバッグ。


 ずっと気になっていた中身だったが、開けられたジッパーの中から出てきたのは、


「……これ、花火か?」


「うん、カナねえに仕入れてもらった一番大きなサイズ。……あと、ここはカナねえのお友達の私有地だから、火の始末さえちゃんとしてもらえれば平気だって」


 であれば、自由に遊んでも問題はないのか。突然俺を呼び出した割には用意がいいから、もしかしたら、事前にある程度計画をしていたのかもしれない。


「学校とか予備校とか。そんなの何も考えずにさ、ぱーってやっちゃおう? 疲れたら居眠りすればいいんだし」


「それは三久だけだろ……でも、」


 と言いつつも、俺は三久から差し出された花火を受け取る。


「まあ、ちょっとだけなら、いいかな」


「うんっ」


 悪いことかもしれないが、誰かとやる初めての花火に、わくわくと心躍らせる俺もまた、確かに存在するのだから。

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